ミチコ・カクタニ 『仕事場の芸術家たち』
今ではアメリカ文学界を代表する評論家となったミチコ・カクタニの処女作。元々はジョン・アップダイクの章を除いて、ニューヨーク・タイムズ紙の記事である。ここで扱われているのは、作家、映画監督、劇作家、俳優といった職業の裏側だ。彼女は38人もの芸術家たち(アメリカ人が中心だが、ナディン・ゴーディマやイングマール・ベルイマンなども選ばれている)にインタビューをし、彼らの創作動機、作品の成り立ちを解明しようと試みる。20世紀以降、芸術家(特にアメリカにおいて)がある程度メディアに露出せざるを得ない状況(トマス・ピンチョンやサリンジャーといった例外はいるが、彼らはメディアに出ないことで、また別の神秘性を獲得した)において、芸術家はどのような態度と言葉を選ぶのか? そこに何か芸術性はあるのか? カクタニは、作品と作者のミッシング・リンクを探し出す。メディアの発達によって、作者ばかりが独り歩きし、作品が置いてけぼりにされたからだ。
カクタニが選んだ芸術家たちの多くが、中堅もしくはベテラン一歩手前である。初期の作風を見直し、自分の中に眠る新たな創造性を発見しようともがいている。ノーマン・メイラーは、過去の乱痴気騒ぎ騒ぎを反省し、自分自身よりも、他者に関心を向けている。『死刑執行人の歌』はその集大成だろう。フィリップ・ロスはやや神経質になっている。『ポートノイの不満』以降、作品よりも作者として有名になったロスは、私生活をなかなか語ろうとはしない。ブライアン・デ・パルマは、開き直った。視覚的イメージを何よりも重要視する彼は、「人物やストーリーは僕にとって一番大事な要素ではない」とまで言ってのける。これは現在に至るまで、ほとんど変わっていない。
カクタニのインタビューによって、芸術家の語る言葉は、ほとんど彼の作品と違いがないことがわかってくる。芸術が人生を模倣したのか、人生が芸術を模倣したのか? 意気揚々と話すものもいれば、ほとんど疲弊しきっている者もいる。勿論、このインタビューが作者そのものを規定するわけではないが、作品に触れる際に、ここから何かしらのヒントを得られることは間違いない。
インタビューされた芸術家
ソール・ベロー
ジョン・チーヴァー
ジョーン・ディディオン
ナディン・ゴーディマー
V・S・ナイポール
ユードラ・ウェルティ
エリ・ヴィーゼル
ジュール・ファイファー
ジョゼフ・バップ
ランフォード・ウィルソン
マーサー・エリントン
ジョン・ギールグッド
リナ・ホーン
ローレス・オリヴィエ
ジョ-ン・ブロウライト(掲載順)
- 作者: ミチコカクタニ,古賀林幸
- 出版社/メーカー: 中央公論社
- 発売日: 1990/12
- メディア: 単行本
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