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川本三郎 村上春樹 『映画をめぐる冒険』

評論

 村上春樹には、いくつか封印された文章があるが(有名どころでは、「街と、その不確かな壁」と「芥川賞について覚えているいくつかの事柄」)、恐らく本書もその部類に入るだろう。需要は間違いなくあるのに(古書店でプレミアがついている)、一体これが絶版のまま放置されているのはどういうことなのだろうか。その事情が、川本ではなく村上にあると僕が考えるのは、本書のまえがき「遥か暗闇を離れて」を読んだからだ。

 普段音楽にしても小説にしても、評論する対象から一定の距離を置く村上だが(そのクールな距離感こそファンから支持されている一つの理由だと思う)、このまえがきでは驚くほど純粋に映画愛が滲み出ている。幼少時、両親に連れられて行った西宮の映画館での幸福な記憶。映画館に足を踏み入れた日々は、単なる日常ではなく、彼の中でかなり特殊な経験として根付いている。それは、思春期を迎えても変わらない。そして、大学に入れば、早稲田の演劇博物館でシナリオを読みふける。そういえば、彼の卒業論文は、『イージー・ライダー』とフロンティアを結びつけたものだった。

 とにかく、村上と映画との距離感は、他の芸術に比べてかなり近いように思える。そんな彼が自己の表現手段として、映画監督や脚本ではなく、小説を選び取ったのは、なかなか興味深い。エッセイや小説で、ちょろちょろと映画に言及することはあっても、本書ほど纏まった仕事は他になく、ジャズや小説の仕事と比べ、関わり方が薄いようにも見える。そして、映画と真正面からぶつかり出版された本書も、今では古書でしか読むことができない。

 まえがきでは、本書の増補改訂に意欲を見せているが、現在に至るまでそれは果たされていないし、今後も果たされないだろう。あまりにもピュアな文章が並ぶ本書(心なしか、彼が得意とする比喩も、いささか大仰に見える)を、村上はプロの仕事ではないと考えたのではないか。少なくとも、僕はそう推論する。

 本書は、評論というよりか紹介という形をとっていて、当時ビデオで手に入ったものだけが扱われている。『マルタの鷹』や『三つ数えろ』をチョイスするのは当然として、イーストウッド主演の馬鹿映画『ガンファイター 燃えよ鉄拳』、『アニマル・ハウス』、『ガンヒルの決斗』といったB級や西部劇まで選び取っているのは、彼が映画にどういったものを求めているのか知る上でも面白い。自身の映画体験に忠実なラインナップには、好感が持てる。ガイド本としても使える上に、春樹の知られざる一面を垣間見ることもできて、一挙両得である。

 

 川本三郎の紹介文も別に悪いわけではないが、あれだけ映画評論本を出しているのに、わざわざ本書で川本の短評を読む意味はあまりないんじゃないだろうか。

 

映画をめぐる冒険

映画をめぐる冒険