ノーマン・メイラー 『死刑執行人の歌』

主要登場人物表

ゲイリー・ギリモア・・・殺人犯 自ら死刑を要求する

ニコール・ベイカー・・・ゲイリーの恋人 自殺未遂を起こし、精神病院に収容される

エイプリル・ベイカー・・・ニコールの妹

キャスリーン・ベイカー・・・ニコールの母

スターリング・ベイカー・・・ニコールの兄

スー・ベイカー・・・スターリングの妻

ベッシー・ギルモア・・・ゲイリーの母

マイカル・ギルモア(本書の表記による 村上春樹はマイケルと表記している)・・・ゲイリーの弟 『心臓を貫かれて』の著者

ヴァーン・ダミコ・・・ギルモアの伯父

アイダ・ダミコ・・・ヴァーンの妻 ギルモアの伯母

ブレンダ・ニコール・・・ヴァーンの娘 ゲイリーのいとこ

ジョニー・ニコール・・・ブレンダの夫

モン・クール・・・ゲイリーの保護観察官

スペンサー・マクグラス・・・ゲイリーの上司

ギブズ・・・ゲイリーの友人 刑務所で出会う 

マックス・ジェンセン・・・第一の被害者 給油所で射殺される

デビー・ブシュネル・・・第二の被害者 モーテルで射殺される

ジェラルド・ニールセン・・・刑事

マイク・エスプリン・・・ゲイリーの弁護士 

クレイグ・スナイダー・・・ゲイリーの弁護士

デニス・ボーズ・・・ゲイリーの弁護士 エスプリン、スナイダーの後釜 ゲイリーの事件を本にしようと思っている

サム・スミス・・・刑務所所長

ロバート・ムーディー・・・弁護士 ボーズの後釜

ロン・ステンジャー・・・同上

ローレンス・シラー・・・プロデューサー ゲイリーの事件を映画にしようと試み、権利の取得に奔走する

 

 

 1976年、ユタ州モルモン教徒が多く住んでいることで知られる)で二人の男が殺された。犯人は、ゲイリー・ギルモア。事件自体は、即座に解決したが、本当の騒動は彼が捕まった後に巻き起こる。ゲイリーは、自ら死刑を要求したのだ。裁判の執り行われたユタ州では、もう10年以上死刑が執行されていなかった。ゲイリーの前代未聞の要求は、ユタ州だけではなく、徐々にアメリカ全土の注目を浴びることになる……

 『死刑執行人の歌』は、1979年に発表された(この題名自体は、1966年発表の『人食い人とクリスチァン』に収録された「死刑執行人の歌」という詩が元になっている)。著者のノーマン・メイラーは、本書でピューリッツァー賞を受賞。『死刑執行人の歌』はジャンルとして──カポーティの『冷血』と同じく──ノンフィクション・ノベルに分類されている。メイラーはこれ以前にも、『夜の軍隊』や『マイアミとシカゴの包囲』といったノンフィクション・ノベルを書いてきたが、それらの作品において、主人公はメイラー自身だった。しかし今回は、自分ではなく、実在の殺人犯を物語の主軸にすえ、ノンフィクション・「ノベル」を仕立て上げたのだった。本書の元になっているのはローレンス・シラー(後に、本作を映画化し、監督もした。ギルモア役はトミー・リー・ジョーンズ)がゲイリー・ギルモアにとり行ったインタビューである。メイラーは、それを利用し、ギルモア事件に事実以上の意味を見出そうとする。本書は1000ページ以上にも及ぶ、長大な代物で、厳格な構成がされているというわけではなく、あらゆる出来事が──ほぼ取捨選択されることなしに──あますことなく詰め込まれている。そのため、登場人物が異様に多く、無駄も見えるが、事件のディティール自体に不満を持つことはないだろう。文体にも特徴があり、『アメリカの夢』や政治論文などで見せた大仰なものではなく、『裸者と死者』に近い、やや簡潔で客観性の高いものとなっている(どうやら、普通の文書もかけるのだということを示したかったらしい)。

 物語は、ゲイリーの出所からほとんど時系列順に進んでいく。ギルモアは、13歳から計18年かんも少年院・刑務所に入れられており、最長でも8か月間しか娑婆にいたことがない。彼は知能は高いのだが、常識やルールをまったく知らず、社会との接点を見いだせずにいる。そして、なによりも、彼は人の気持ちを読み取ることがまったく出来ないのだ。典型的なサイコパスといってもいいだろう。計画性が一切なく、人に金を借りまくり、問い詰められれば平気で嘘をつく。彼自身、自分の意志の薄弱さに気付いてはいるのだが、それを現世で直す気はなく、死後、生まれ変わって人生をやり直せるのだと固く信じている。本書の前半50ページは、そうしたゲイリーの身勝手な行動で占められている。彼は空っぽな人間だが、唯一ニコールとだけは、コミュニケーションを交わすことができる。しかし、ニコールとの生活も、自ら引き起こした殺人事件でふいにしてしまう。その殺人もほとんど空虚、無意味なものだ。殺人でさえも、彼は何も考えず、突発的に実行する。勿論、彼はすぐに捕まるのだが、本当の騒動はここから始まる。

 逮捕され、裁判にかけられたゲイリーは、死刑になる権利を要求し、世間を大きく騒がせる。ユタ州では、もう10年以上死刑を執行しておらず、この突飛な提案に、多くの人間があらゆる反応を示すことになる。噂を聞きつけたマスコミが、ユタに一堂に会し、ゲイリーは見世物へと化していく。そして、ゲイリーの事件は一大ビジネスにまで発展するのだった。ゲイリーは、状況をコントロールすることができず、フラストレーションをためていく。一刻も早い死刑の執行を望むが、延期が重なり、上手くいかない。死刑の希求は、ゲイリーにとって最初で最後の、社会に対する強い意思表示であり、彼という存在を支えるアイデンティティとなっていく。死刑になるために、彼は生きているのだ。

 弁護士を通し、ゲイリーは、シラーのインタビューを受ける。あらゆる言葉を繰り出す彼だが、家族と自身のセックスについて尋ねられると、途端に雲行きが怪しくなる。ゲイリーにとって、家族とセックスは、遥か遠い存在なのだ。ゲイリーは不能に近く、本書でもそのことがよく仄めかされる。彼のセックス観は未熟で、子供しか相手にできない。ニコールと付き合ったのも、彼女が幼く見えたからだ。ゲイリーの精神年齢は、少年院に入って以来、ストップしていて、大人の世界にコミットできないし、理解もできない。

 ついに訪れる死刑執行の日、刑務所内外は、お祭り騒ぎだ。事件に巻き込まれた人々、自ら積極的に関与した人々が、同じ結末に相対することになる。ゲイリーはここにくるまで幾度と怖気付いてきたが、最後には椅子に括りつけられ、銃殺される。ゲイリーの人生はここで終わりを迎えるが、残された人々は、彼の存在を背負ったまま生き続けるほかない。ゲイリーの死とは一体何だったのか? 空しい事実は残されたが、答えがでることはない。

 

 読み通すのに問題はないが、時折表記の揺れが見られたりと、本書の訳はいささか心もとないところがある。絶版になってしまっていることだし、ここは殺人研究柳下毅一郎氏に改訳と詳細な解説をお願いして、どこかの出版社より再販してもらいたいものだ。

 

死刑執行人の歌〈上〉―殺人者ゲイリー・ギルモアの物語

死刑執行人の歌〈上〉―殺人者ゲイリー・ギルモアの物語

死刑執行人の歌〈下〉―殺人者ゲイリー・ギルモアの物語

死刑執行人の歌〈下〉―殺人者ゲイリー・ギルモアの物語