Black Flag  『Live'84』

 1984年はブラック・フラッグが最も活発に動いた年だった。彼らは1982年末から、SSTは業務提携していたレコード会社ユニコーンと裁判になっていて、その問題が解決に向かう84年春まで、新作を発売することができなかった。裁判の影響でバンドは疲弊していたが、3月頃から本格的にツアーを開始し、アメリカだけでなくイギリスやドイツ、オランダにも遠征した。法的な問題がクリアされると、溜まっていた楽曲を一気に放出。一年間でアルバムを4枚(ライブ・アルバム含む)もリリースした。彼らの影響力は徐々に強まっていき、LAパンクの狭い枠から飛び出そうとしてた。

 ファースト・アルバム『Damaged』が発売された81年まで、彼らは単純でスピード感溢れるパンク・ロックを演奏していたが、82年にはそうしたスタイルからどんどん離れていき、ギターソロのふんだんに入ったヘヴィーでスローな曲を作るようになっていった。そうした方向性に持っていたのは、バンドリーダーでギタリストのグレッグ・ギンだ。84年の3月にリリースされたセカンド・アルバム『My War』は、オジー・オズボーン脱退後のブラック・サバス(『Heaven & Hell』、『Mob Rules』)に影響されて作られた。その頃には、メンバーがパンクを聞くことも少なくなり、ZZトップや初期のテッド・ニュージェント、ボン・スコット在籍時のAC/DC、キャプテン・ビヨンドなどのテープが、ツアー中、車の中でよくかけられた。80年代アメリカのパンク・ロック・シーンでは、短髪がメインだったが、ブラック・フラッグのメンバーは敢えて長髪にし、ファッション面においても昔からのファンを挑発した。

 ブラック・フラッグは結成してから数年間メンバーが流動的で、ボーカルも4人目のヘンリー・ロンリズになってようやく固定できたぐらいだったが、83年になって遂に技術的にもヴィジュアル的にもしっくりくるメンバーが集まった。特にベーシストのキラ・ロゼラーは、男社会のマッチョなパンク・シーンでにおける数少ない女性演奏者として人々の関心を惹いた。ブラック・フラッグのツアーはロリンズによれば「アメリカ中のどのバンドも未だ経験したことがないような最強に過酷なツアー」(自分達で車を運転しながらアメリカ全土を移動し、到着後即ライブに入るような生活。ギャラは交通費にほとんど費やされ、ファンの家や車の中で寝泊まりすることも珍しくなかった)で、男でも泣きながら家に帰ってしまうほどだったが、キラはそれに耐え抜いた。ライブアルバム『Live'84』はそうした環境の中で録音され、84年の12月にSSTよりリリースされた。

 1曲目は、8分半にも及ぶインスト「The Process of Weeding Out」。激しいライブを期待していたファンに冷水をぶっかけるチョイス。この曲の作曲には、マリファナが大きく影響している。ハードコア版グレイトフル・デッドといったところか。ちなみに、ライブでギンがギターソロを披露している間、ステージ上のロリンズは黙っていなければならなかった。観客を煽ろうと「イェー!」なんて叫ぼうものなら、演奏の邪魔をしたと言ってギンが彼にぶち切れるのだった。ギンのエゴは年を追うごとに強まっていった。彼はメンバーを「物」として見ていた。ドラムもベースも彼の命じるリズムだけを刻めばよく、自己主張することはほとんど許されなかった。ロリンズのボーカルも、自分のギターの添え物にすぎなかった。だから、このライブ・アルバムはある意味で緊張感に満ちたものになっている。バンドはこのライブから二年後に解散した。

 2曲目は「Nervous Breakdown」。これは初期の代表曲で、焦らされていたキッズたちもここでようやく暴れることができるというわけだ。ただ、元々は初代ボーカリスト、キース・モリスの声質にあわせて作曲されたものだから、ロリンズの野太い声は結構違和感がある。

 ライブの全体的な構成としては、過去曲も新曲も適度に配分されているという印象。当時暴れるためにライブに来たファンは物足りなかったかもしれないが、『My War』や『Slip It In』といったアルバムが好きな私としては、曲のチョイスに不満はない。ただ、ボーカルが弱い。これは録音環境が劣悪だったためだ。「Six Pack」なんかに顕著だが、ところどころロリンズの声が消える。後は、バックボーカルも弱い。そのため曲の勢いが削がれている部分がある。なので、私も積極的に『Live'84』を聞くことはないのだが、スタジオ・アルバムのアレンジに聞き飽きた時なんかに、これを聞き直したりする。そういう意味での中毒性は間違いなくあるだろう。曲目はベスト盤といってもいいが、楽しめるのはスタジオ・アルバムを聞き倒したコアなファンに限られるかもしれない。

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ライヴ’84

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