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マーティン・エイミス 『サクセス』

海外文学

 マーティン・エイミスの長編第三作にあたる『サクセス』は、やや特殊な構成となっていて、主人公のテリーとグレゴリーの二人が、一月から十二月に起こった出来事を交互に語っていくという形式を採用している。テリーは、六歳で母と死に別れたうえ、幼い妹が父親に殺されるという悲劇的なバックボーンの持ち主である。この事件を新聞で読んだグレゴリーの父親は、突然テリーを養子にすると言い出す。ライディング家には、グレゴリー(養子縁組によってテリーの義理の兄となる。年はテリーが一歳上)の他に妹のアーシュラがいる。小説は、テリーとグレゴリーに、アーシュラを加えた形で進行していく。

 テリーとグレゴリーが一緒に住んでいるのは、ロンドンにあるフラット。ライディング家の財産で、元々はグレゴリーのために造られたものだった。 「広々とした居間の天井は蛇腹で飾られ、壁面いっぱいに書棚が並び、窓は白く輝く。そこはかつてライディング家の祝福された若者がもの思いに耽りながら歩き回り、歩き回りながらもの思いに耽ることのできた、ゆったりとした舞台だった。そこから、曲線を描く木製階段をぶらぶら降りて行くと、しゃれた玄関ホールへ出る。ホールから、サイドボード沿いの通路を歩いて行くと、かつては申し分なくすばらしいベッドルームだったところへ出る。その奥に男ひとりならゆっくり着替えのできるドレッシング・ルームがあり、さらにその奥に、男ひとりならゆっくり使えるバスルームがある。これがいまや共用だ。ああ、なんてことだ」(『サクセス』p.50)

 これは二月にグレゴリーによって語られるフラット内部の様子で、テリーが邪魔者として扱われていることがわかる。グレゴリーはギャラリーで働く成功者で、テリーはあまりぱっとしない仕事(作中では何かを売り買いしているとしか書かれず、仕事についての細部があまり描かれないのでここはやや書き割りじみている。反対に、グレゴリーのギャラリーでの仕事については、抽象画で才能の無さをごまかす画家というものが出てきて、しかもニッポン人だけがそれを評価したという多分に皮肉を含んだエピソードがある。恐らく、エイミス自身が作家になる前、アート・ギャラリーで働いていた経験が生きているのかもしれない)に従事しており、いつ首になってもおかしくないような立場だ。そのため、二人の目に見える都会の風景は違ったものとなる。テリーは、ホームレスになることを非常に恐れ、社会に適応できない自分を自覚している。「だれひとりおれの存在に気づいたりしていない。みんなただおれのそばを通り過ぎるだけだ」(『サクセス』p.39)と彼は言い、そうしたものの究極的な存在がホームレスなのだ。敗北者にとって、都会はアイデンティティを保障してくれる場所ではなく、誰にも認めてもらえずただ埋もれていく場所でしかない。テリーの職場では、テリー以外の人間も解雇の危機に晒されているが、これは都会に住む人間がいつでも交換可能であることを示している。  

 一方、成功者であるグレゴリーの見えている世界は、テリーのそれとは正反対だ。 「ぼくが街を歩くさまはまったくシャモ同然で、昂然となにもかも無視して行く。男たちのものほしげな視線も、秘書や女店員たちのワーオーという口笛も、新聞売りの短期な叫び声も、バスに満載された人間生態学の大々的見本のようなどいつもこいつも同じようにふっくら丸顔のドイツ人やチェックのズボンの植民地出身者やクモ形類のようなアラブ人も」(『サクセス』p.53)

 グレゴリーは、こうして性別、職業、人種を並列にすることで、その多様性を破棄せんとする。テリーは無視される側で、グレゴリーは無視する側なのだ。都会における弱肉強食の世界が、兄弟の視点から露わになるように、エイミスは描いている。  

『サクセス』の中で、成功者が得る最も大きなものがセックスの自由だ。テリーは女に縁遠く、グレゴリーは怪しげなクラブに通い、女を取っ替え引っ替えしている。都会は性に溢れているが、それを享受できるのはグレゴリーの方だけだ。テリーは家でポルノ雑誌を読むぐらいしかできない。成功者だけが、セックスを勝ち取る権利を持っている。グレゴリーは外にも自分の居場所を持っているが、テリーには家しかなく、それを失えば忽ち浮浪者たちの仲間入りだ。  

 そして、この二人の間に、妹のアーシュラが入り込んでくる。彼女は秘書を目指して、実家のあるケンブリッジシャー州から出てきたのだ。これは三月の出来事で、テリーとグレゴリーの立場が最終的に逆転するきっかけともなる。アーシュラとグレゴリーの二人は、共に実家に住んでいた頃、近親相姦のタブーを破っていた。アーシュラは精神に不調を来していて、町に来てから自殺未遂を起こしたりもする。  

 テリーは組合地区書記長のスタンレー・ヴィールに拾われ、印刷工組合の書記となり、急速に出世する。逆に、グレゴリーは落ちぶれていくのだが、九月に「ぼくは嘘をついている」(『サクセス』p.247)と言って、これまでの語りが虚偽であったことを告白する。力を得たテリーは、アーシュラにグレゴリーとの間に何があったのか問い質し、自身も彼女とのセックスに及ぶ(最初の設定からこの辺りの筋までは、フロイト風で、リアリティという面では疑問が残る)。そして、アーシュラは自殺してしまう。  

 今や、敗残者となったグレゴリーにとって、都会の風景は一変する。「この都市の土着の人口のほぼ三分の一はかなり狂っているように見える」(『サクセス』p.274)と言い、外の世界に居場所をなくしていく。テリーが「もはやだれもが安全でないというこの事態がなにもかもおれには合っている」(『サクセス』p.267)と語るのは逆に。グレゴリーは自分よりも弱そうな乞食に襲われ、テリーは『時計仕掛けのオレンジ』ばりに浮浪者に暴力を加える。さらに、十一月になると、グレゴリーは仕事さえ失うこととなった。  

 十二月、二人の父親が危篤に陥ったので、共に実家へ帰ることになる。しかし、最早テリーにとって、実家は何の意味もなさない場所だった。彼は一人都会へ戻る。彼は家族を過去へと葬り去った。「サクセス」によって得たアーシュラ、唯一意味のあるセックスができたアーシュラすらいなくなり、具体的な目標が失われた彼の欲望は極度に抽象化して膨れ上がり、都会そのものを象徴することとなるのだ。  

 グレゴリーは、「なにも恐いもののないいなかに」(『サクセス』p.309)残ることを決意する。しかし、未来は明るくない。家はボロボロで、父親は破産していた。「森はびしょ濡れで、夢と死が滴り落ちている」(『サクセス』p.309)という描写に、二人の明暗が示されている。現在のグレゴリーにとって田舎とは、天然の墓場でしかないのである。

 

 

サクセス (新しいイギリスの小説)

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