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今野裕一 『ペヨトル興亡史─ボクが出版をやめたわけ』

評論

 ペヨトル工房が2000年に解散した時、俺はまだ小学生だったから当然リアルタイムでは接していないのだが、ウィリアム・バロウズやJ・G・バラードの翻訳書を出していたという事で後にその名前を知った。『夜想』や『WAVE』が取り上げていたことと、俺の関心はあまり一致しないのだが、ペヨトル工房が80年代、90年代の文化に多大な影響を与えていたことは間違いないわけだし、「出版」の世界にも興味があったので、本書を読んでみたのだが、これがけっこうおもしろかった。

 収録されているのは、ペヨトル解散直後の状況を当時リアルタイムで記した日記や、今野や元社員らがペヨトルの仕事について振り返ったエッセイ、刊行物一覧などで、ペヨトルの全貌を隈なく知ることができる。日記には、書店と出版社の関係が克明に描かれており、ペヨトルがどのようにして利益を上げていき、また、どのようにして経営が苦しくなっていたのかがわかる。これからは、本をただ並べるだけでは書店も厳しくなっていくだろう。アマゾンなどに対抗するには、書店員が独自の企画を立てなければ太刀打ちできない。日記には、きちんとした視点をもって本を売っている書店のことも取りあげられている。断裁や古書店、営業についての知識も得られるので、非常に勉強になる。本書の中では「体育会系」という言葉がよく出てくるが、中小出版社は編集だけでなく営業や発送も自分たちで手掛けなければいけないので、体力がなければ駄目だということが、びんびんに伝わってくる。

 今野がこれまで関わってきた文化人との交流を描いた文章は、本書の中でも一番派手でかっこいい部分だろう。村松友視中央公論社で働いていた時のことを書いた『夢の始末書』に匹敵するかっこよさだ。村松もそうだが、雑誌をやっていると「憧れの人に会える」という強みがある。勿論、雑誌編集者全員が、今野や村松のような派手な付き合いをできるわけではなく、地味な人も大勢いるのだろうが。とにかく、こういうところを読むと、編集者に対する憧れというのは募るというものだ。今野はペヨトル創設以前から寺山修司のファンで、『夜想』を創刊した時も文章を頼み、以後寺山が死ぬまで付き合いは続くのだが、寺山は今野との出会いについて話す時、誇張の多いドラマティックなエピソードを周囲には聞かせていたという。いかにも寺山らしい話だ。他には、中井英夫にせまられた話やマンディアルグの妻ボナが暴れた話なども面白い。今野という人は何かに巻き込まれる才能があるようだ。ミルキィ・イソベによる、ペヨトル工房が手掛けたイベントについて解説した文章も必読。ちなみに、柳下毅一郎山形浩生バロウズについての記事を依頼した時のことも書かれている。

 

ペヨトル興亡史―ボクが出版をやめたわけ

ペヨトル興亡史―ボクが出版をやめたわけ