クイック・ジャパン 1994年Vol.1 小沢健二×鶴見済
『クイック・ジャパン』創刊号は1994年8月にに刊行された。その前年に出た創刊準備号は、当時飛鳥新社の編集者だった赤田祐一が自腹を切って刊行にこぎつけたものだった(社長からは「俺にはひとつもわからねえ」と言われたらしい)。創刊号からは版元が太田出版に代わり、赤田も同出版社に移籍している。「好きにやらせてくれる」というのが移籍の理由であり、当初赤田は給与の額すら知らなかったとか。
創刊号の企画は、竹熊健太郎「石原豪人インタビュー」、中森明夫「東京シド&ナンシー伝説」、井上三太「ゴミババアの秘密」、小沢健二×鶴見済対談など。ここでは小沢×鶴見のものを引用していこう。鶴見はあの『完全自殺マニュアル』の鶴見である。
小沢 (前略)だけど中学、高校って、自殺にモーレツに興味あるじゃん?語ったりしてさ。
鶴見 興味ありました?
小沢 僕ね、中学二年くらいまでメチャクチャ人生調子が良くて。けっこう友達もガンガンいて、楽しくて。勉強は全部100点だしね。あと学校の新聞もバリバリ書いてたんですよ。生徒会の書記とかで。でも中三くらいに問題が起こったんですよ。
鶴見 なんすか、問題ってのは?
小沢 なんかわかんないけど、とにかく「ひとヤダー」みたいなので。ひとりで家帰ったり。そのころには、僕の新聞をマネしたものがいっぱい出回るようになったりしてね。で、中三以降に自殺を考えたのかっていうと、違うんですよ。中二までの人生バリバリ絶好調の時期のほうが、「死んじゃおうかな」とか思ったりしました。
鶴見 カッコいいな、とか?
小沢 なにかわからないけど、「死んじゃうのぉ」なんて(笑)。けど中三以降は、もうそんな余裕ないんですよ。全然。けっこう、そういうオラオラ~っていばってる時期じゃないと、もう考えないのねー、なんて思ったことはありますよ。
鶴見 小沢さんは自殺はどうなんですか? いいとか悪いとか。やっぱり「♪生きることをーあきらめてしまわぬように」って歌ってるからには……。
小沢 いやあ、勝手だからね。やっぱりしたい人はしたいだろうね。
鶴見 無理には止めないよ、って?
小沢 「生きることを~」っていうけど、それは別に死ぬっていうことじゃなくてさ。「自殺したいひとはすれば」とか、「死体標本になるんだったら死んだほうがいいのに」ってすげえ思うけど。標本として生きてるんだったら死んだほうがいいよ、絶対。でもそんなこと鶴見さんが言ったら大問題になっちゃうんだろうね。(pp.133-134)
鶴見 やっぱり、文学少年だったんですか?
小沢 もう、バリバリそう。図書館の貸し出し率とかナンバー1でしたよ。
鶴見 ヤな中学生ですね。
小沢 でしょう。
鶴見 太宰とか読んだり?
小沢 いや、そういうのはあんまり。アメリカ文学かぶれなひとだったから。読んでたんですか?
鶴見 読みました。太宰とか芥川とか、『或る阿呆の一生』とか、死にぎわのヤツ。
小沢 なんか、そういうキツイのはあったっけなあ……。けど中学のころ読んだヤツとか、たぶん読んでるとき、意味わかってないからね。
鶴見 なんとなく、雰囲気に酔うんですよね。アメリカ文学モノって? サリンジャーとか?
小沢 僕ね、サリンジャーって一五歳のころ読んで、「ああ、もうちょっと若いときに読んでればよかったのに……」って思って。きっとそうなんだよね、アレ。「もうちょっと若いころに読んでればよかったのに……」って全員が。あとは、アツイ青春を物語るケルアックとか。サンリオSF文庫もいっぱい出てて、買わなきゃと思って行くんですけど、アルバイトするわけでもないし、おカネもないでしょ。しょうがないから万引すると。
鶴見 へー。サリンジャーの『バナナフィッシュにうってつけの日』とか、どうですか?
小沢 あ、自殺ものだ!
鶴見 あれ、けっこうすばらしいと思ったんですよ。ああいう自殺が、僕が考えてるのと近いんですよね。なんとなく死んじゃうっていう。「ウオーッ!!」とかいうカンジじゃないんですよ。
小沢 そういえば、『バナナフィッシュ』の自殺っていいんじゃないか、って思ったよ、僕も。ブレット・イーストン・エリスとか醒めた感覚のアメリカ文学ってイヤだったんですよ。ヤッピー臭い虚無感ってのは。僕がそういうのにかぶれてたころって、アメリカ文学といえば、ニュー・ロスト・ジェネレーションで。「喪失」とか言われたでしょう。だけど「ニュー・ロスト…」って言われても……って気持ちがどんどん強くなって。なにかそれは変だなー、っていうのがけっこうあった。
鶴見 『ハーパーズ』に『自殺マニュアル』の抄録が載ったときのタイトルが「ジャパンズ・ジェネレーションX」ってなってた。
小沢 括りやすいから。
鶴見 やっぱりこの本、けっこうオヤジうけもするんですよ。で、「いまの若者の自殺に対する感覚は?」とか聞かれちゃうんですけど、「そんなの内容がおもしろかったから売れてるだけですよ」って。たぶん九割八分くらうは、ただおもしろいから買ってるんじゃないですか。
小沢 だけど「若者は喪失してる」って言いたいじゃん? 大人としては。アツかった人たちっていうかさ。ただおもしろがって読んでることに意味をつけたい。若者の虚無感、少女たちはどこへ行くみたいなのが好きなんじゃないかな。(pp.134-135)
鶴見 小沢さんは『ヘッド博士』がいちばん好きなんじゃないですか?
小沢 なにが好きかなあ……『すべての言葉はさよなら』って好きだな(笑)。
鶴見 オレ、すごい好きですよ、『すべての言葉はさよなら』。でも、前半が全部”ヒット・パレード”か、ってわかちゃったときに……。
小沢 すみません。あれ、無意識なんです。
鶴見 えええーー!?
小沢 あれ、本当に。小山田に止められたもん。「ちょっと、おまえ、それは……」って。でもね、あれ、いいんですよ。けどさ、「すべての言葉」ってことはないだろ、って気はしますね。
鶴見 あ、それっていいっすね。
小沢 というふうにしか僕はしゃべれなかったりするんですよ、こういう話。でも、こんなの音楽誌のライターに聞かせても、なんのことやらでしょ? だって音楽誌のライターってどんなに「フリッパーズのこと好きです」とか言っても、そんなには聴いてないですから。だって、月に四〇枚も新譜送られてきて、そんなかで血眼になってレビュー書いて、「俺のメシ代になるやつはないか」って聴いてるわけだから。
鶴見 そうかなー。
小沢 だから、そんなあいまいな言い方では通じなかったりする。だからもう「僕は覚醒したんですよ!」(笑)。
鶴見 あれってハッタリだったんだ。
小沢 ハッタリというか……。なんか、言い方よ。(pp.139-140)
「ひとヤダー」というのが、後の長い沈黙を予感させる一言になっている。音楽誌に対する不信感を語っているところも、注目したいところだ。
追記
鶴見済による「著名人の本棚」リスト→ 『著名人の本棚』リストVol.29 鶴見済氏