マドレーヌ・シャプサル編 『恋する手紙』

 山本耕史堀北真希に数十通の手紙を送ったというニュースを見て、文芸誌「エクスプレス」のスタッフとして数々の作家にインタビューを行い、後に自身も作家となったマドレーヌ・シャプサルが編集した『恋する手紙』という、前から気になっていた著作を読んでみる気になった。

 この本は、「恋のはじまり」「すれ違い」「哀願」「別れ」という風に、手紙の内容によって、章が分けられている。基本的にフランス人作家(ヴォルテールユゴーからサルトルシムノンあたりまで)から恋人・愛人に送られたもの(もしくはその逆)が収録されているが、ナポレオン・ボナパルトがジョセフィーヌに送ったものも収録されている。訳者の一人平岡敦のあとがきによれば、本書に収録・訳出されている手紙の数は、原著の三分の一程度とのこと。

 一読した単純な感想としては、「その手紙を書くに至った過程を詳しく知らずに、その手紙だけを読んでも仕方ない」という感じだ。いや、一応手紙を送った日付とその時の簡単な状況説明、送り主のプロフィールも記載されているのだが、やはりそれだけだと全然物足りない。前後を詳しく知りたいと思ってしまう。だから、作家の生涯に関心を持つための導入としては良いと思う。

 印象に残ったものを抜粋すると、詩人のポール・エリュアールが、妻のガラ(後に、ダリと結婚)に送った「今朝、きみのことを考えながら、思いきり自慰したよ」とかヴェルレーヌランボーを銃撃する一週間前に送った「今から3日のうちに妻ときちんとした状態で再会できなければ、この口に銃を撃ちこむつもりでいる」とか、ボードレールがサロンの女主人サバティエ夫人に送った「わがいとしき女よ、ご存じのように、私は女性にたいして良からぬ偏見を抱いています。──要するに、信用していないのです。──あなたは美しい心をしていらっしゃいますが、しょせんそれは女の心なのです」といったあたりになるだろうか。

 

 ちなみに、少し前にアンリ・トロワイヤの『バルザック伝』も読んだのだが、そこに面白い手紙のやり取りが引用されていた。それは、バルザックが『二人の若妻の手記』という恋愛結婚に失敗した女の生活を描いた小説を出した時に、それを読んだ友人のジョルジュ・サンドとの間に交わしたものなのだが、サンドが、「ご自分が証明したいことと正反対のことを証明しようとしているようにわたしには思えるんだけど」と、小説と違い実生活では恋愛に夢中になっているバルザックを皮肉った手紙を送ると、これに対しバルザックは「自分もあなたと同じように、安定した生活を末永く送るよりも、情熱に殺されたい口です」(大意)と返していて、バルザックの性格がよく表れていると思った。このトロワイヤの伝記は書簡の引用が多く、バルザックの送った波乱万丈の生活(無茶な恋愛、だらしない金銭感覚、批評家からの猛烈な攻撃)をより内面に立ち入って知ることができる。

  

恋する手紙

恋する手紙

 

 

バルザック伝

バルザック伝