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ストーカー──被害者と加害者の心理について

 止まれない男たち──「片思い」と「生きる意味」で紹介した小説「悲望」(あらすじはそっちに書いた)だが、そこにこんな箇所がある。

 

 私が篁さんに惹かれた原因の一つに、彼女の孤立があった。彼女と同学年の人たちは、研究室の「保守的」な気風に合っていなかった。(中略)大学院に入ってほどなく私はそのことに気づいた。私は、そういう彼女の孤立を、美しいと感じてしまった。そして、私がその孤独から救い出してあげたい、と思った。多くの「ストーカー」と呼ばれてしまう者たちは、たいていこの「相手を救えるのは、理解できるのは自分だけだ」という念慮に取り憑かれている。けれど同時に、ストーカーに遭う女性の多くが、自分自身孤独を感じているというのも、動かしがたい事実である。つまり隙があるのだ。(引用は幻冬舎文庫『悲望』より、五〇頁)

 

 著者本人が「悲望」を解説している動画がyoutubeにあげられているのだが、「ストーカーに遭う女性の多くが、自分自身孤独を感じている」という部分に関しては、小早川明子『あなたがストーカーになる日』(廣済堂、二〇〇一)を参考にしたと発言している。

『あなたがストーカーになる日』は、ストーカー対策組織「A.K.友の会」代表である小早川が、これまで担当してきたストーカー事件をもとに、ストーカー加害者・被害者双方の実態を解説した本だ。ストーカーへの対策、また、ストーカーに関連する法律なども紹介している。ちなみに、小早川本人も大学生時代、元恋人にストーキングした経験を持っているという。

『あなたがストーカーになる日』には、いくつかのストーカー事件が取り上げられているが、「悲望」に近いのは、A子とB氏のケースだろう。後にストーカーの被害者となるA子と加害者となるB氏は、チャットで知り合い、オフ会をしたところ、同じ会社に勤めていることがわかった。B氏は「幼くして親をなくし、妹と二人、独身の叔母に育てられたが、貧しさもあって進学することもままなら」ず、「運良く今の会社に入社でき、働いてはいるものの、心の中はいつも劣等感と寂しさで満ち満ちている」という人物。そんなB氏にA子は同情するようになる。するとB氏は、A子に対しストーカー的な行動をとるようになる。例えば、多い時で一日四十通もの「会ってほしい」というメールを送ったり、突然彼女の家の前に現れたりという風に。挙句の果てには「つき合ってくれなければ死ぬ」と脅し、とうとう彼女の方でも交際を了承してしまう。

 B氏と付き合い始めたA子だが、結局彼の異常な性格に耐えられず、数か月後に別れを切り出したところ、B氏のストーキングが始まる。前回のストーキングが結果的には交際に繋がったことから、また同じ方法をとったのだ。今度ばかりは彼女も無視していると、ネットに誹謗中傷を書き込まれるという事件が起こる。警察に相談するも頼りにならないため(当時はストーカー規制法もなかった)、A子は小早川のところに赴いたのだった。

 この事件をもとに、小早川はいくつかストーカー被害に遭いやすいタイプというのを書いている。長くなるが引用しよう。(いちおう言っておくと、小早川に被害者を批判する意図はなく、被害者考察の項でも「私は決して被害者を攻める立場に立つものではなく、よく言われる被害者にも被害に遭う責任があるとは考えたくないと思っている」と書いている。ストーカーが生まれることを事前に防ぐ完璧な手立てがない以上、小早川のように被害者分析を通してストーカー対策を立てることは重要だと思う。また、現在ストーキング行為に近いことをやっている人間ないし無意識のストーカー予備軍も、ストーカー被害者・加害者双方の内面を理解することで、「俺はもしかしたらストーカーかもしれない」「俺はストーカーになる要素を備えているぞ」と考え、ブレーキをかけることができるかもしれない)。

 

(前略)第一には母性的であること(人を受け入れられる)。第二にこれは第一の結果だが、同情・共感しやすい。第三に責任感が強く、面倒を見たり尽くしたりする。第四に罪の意識をもちやすい、人を許そうと思っている。第五に自己犠牲が得意で我慢強い。(四五頁)

 

 被害者の類似点として、どこか淋しい人であるという印象を受けることが多いが、A子もまさに確かな愛を見つけられずに生きてきたのだろう。(中略) 
 人に尽くすこと、頑張って生きようとする力を、彼女は生来のものとして備えている。ストーカー的人物B氏は、A子のこの本来の美点と力に惹かれ、彼女のコンプレックスである淋しさに上手につけこみ、同情心を買う戦術を使い彼女の心に潜り込んだのだ。(中略)
 ストーカー的人物に狙われないためには、第一に自分が淋しくないことである。しかし、人は皆淋しがり屋である。だからこそ大切なことは、淋しさを避けずに受け入れ、一人で闘うことである。人に助けてもらって、または助けることによって、自分の淋しさを解消しようとするところに大きな落とし穴があるのである。淋しさに負ければ、加害者になるのか被害者になるのかの違いだけであり、ストーキングも二人のペアが作り出す自然の成り行きともいえるのである。 
 さらに誤解を恐れずに言うが、つまりこうしたストーカー的人物と縁を持つような被害者というのは、いわゆる「普通人間」には飽き足らず、彼のもつ強烈な個性(一般的に言って、加害者ははじめのうち人を惹きつけることにたけており、魅力的でもある)、その独特な雰囲気をあえて求めることもあるということだ。 
 相手が普通の人と違って独特の才のある人物であれば最高だが、極端に評判の悪い男であっても、「だからこそ、自分がこのダイヤモンドの原石(勝手に思い込んだ)である彼を磨き上げたいと思った」と言う被害者はとても多いのである。(中略) 
 彼女らは無意識のうちに、自分のもつコンプレックスをなんとか覆したいという果てしない欲求をもっている。だから、普通の相手では飽き足らないのである。(中略) 
 私はずっと被害者を女性と想定して述べているが、被害者が男性であることはまったく例外ではない。実際男性被害者の話を聞いても、「どういうことか悪い女に惹かれてしまう」とか「頼りない女でないと付き合えない」とかの言葉をよく聞く。男女いずれにしても、一般的に言って悪い評判を乗り越えてまでも、というところに被害者の自己犠牲的精神が発揮されるのだろう。(六五―六八頁)

 

 「悲望」の藤井もB氏も、孤独を感じている女性にストーキングをしたという点では共通している(少なくとも、相手が「孤独である」と感じた)。前者はストーキング相手には完全に振られており、後者はストーキング相手と一時的ではあるが交際した。藤井は相手の同情を惹くことができなかったが、B氏は惹くことができた。比べてみると、B氏の方が相手の同情を惹くテクニックに長けているように思える。藤井にはB氏のように自殺を仄めかすような激しさはない。ストーカーという点では五十歩百歩なのだが、犯罪性がより強い行動をとったのもB氏だった。

 ストーカーの加害者も被害者同様に強いコンプレックスや不安を抱えている。だからこそ、相手のコンプレックスや不安に思っていることなどを鋭く見抜くことができるのだろう。藤井もB氏も家柄について悩み、また、精神が極めて不安定な状態にあった。小早川は加害者のカウンセリングも行っているのだが、「ストーカー的人物というのはまだ本当の強さがなく、自分を変えることを恐れる」らしく、一気にコンプレックスや不安を取り除くと言うのは難しいようだ。A子から完全に拒絶されているにも関わらず、B氏は彼女と付き合うことを諦めきれない。こういう場合、強く「常識」を説き、加害者が「常識を受け入れられない現実の自分」に気付くようカウンセリングを行う。

 ストーカー気質の人間に、曖昧な言葉や態度で対応するのは、一番やってはいけないことだ。だから、もしそういう人間と交際してしまった場合、別れようと決意した最初の段階で(多少愛情を感じていたとしても)、断乎として相手を拒絶することが重要になる。そこで曖昧な態度をとってしまうと、相手に付け入る隙を与えてしまい、ストーキングが加速することになる。特に警戒心の強い女性は、自身の感情をストレートに出すことを恐れ、思っていることと反対のことを言ってしまったりする。それを「ダブル・メッセージ」と呼ぶらしい。「ストーカー的人物を寄せつけないためには、明確な壁が必要である」と小早川は書いている。そして、はっきりと拒絶の意思を示さないまま逃げてしまうと、加害者に「裏切られた。俺は被害者だ」と思い込ませることになる。こうなると最悪で、加害者は怒りをエネルギーにして、どこまでも被害者を追いかけていくことになるだろう。

『あなたがストーカーになる日』には、A子とB氏の事件以外に、いわゆるボーダーと呼ばれるような人間の起こしたストーカー事件や、息子が死んだことで精神をおかしくし妄想にとらわれるようになった母親のケースなど、恐ろしいことが色々取り上げられている。読むと暫くの間軽い人間不信になるが、それでも読む価値はあると思う。

 実はA子とB氏の事件も推理小説のような進展があるのだが、それは本書を読んで確認してほしい。

 

あなたがストーカーになる日

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