椎名林檎のイメージ戦略

 1 誠治さん、と彼女は言った

 

 椎名林檎がライブで「丸の内サディスティック」を演奏する時、ベースソロに入る直前に(もしくはその最中)、ベーシストである亀田誠治の名前を呼ぶことがある。その際の呼び方だが、実は時期によって微妙に異なっている。例えば99年のライブだと「亀ちゃん」だ。

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 それから7年後の2006年のライブ(Just Can't Help It)だと、「誠治さん」になっている。 

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 「丸の内サディスティック」のライブ映像を編集した「幕ノ内サディスティック」でも呼び方は「誠治さん」で、「亀田誠治」とフルネームで呼ぶ時もあった。「能動的三分間」(2010)のオフィシャルインタビューでは、「亀田さん」と呼んでいる。

 実際にいつごろこのような変化があったのかは知らないが、彼女が意図的に変えたことは間違いないと思う。単純にいえば「少女」から「大人」へのイメージチェンジということか。戦略的にポジションを選び取ることによって、彼女は時に「ビジネスメンヘラ」と揶揄されるが、それは名前の呼び方にまで徹底されているのだ。

 

 2 キラーチューンと肯定の欲望 

 

 作家の河野多恵子に『谷崎文学と肯定の欲望』という著書があるが、そのタイトルを見た時、俺は椎名林檎の歌詞について連想させられた。彼女はファンの欲望を肯定するのが非常に上手いのだ。これはポップスの歌手としては理想的な才能だ。特に「キラーチューン」なんかは、その才能がよく表れている。

 

「贅沢は味方」もっと欲しがります負けたって

勝ったってこの感度は揺るがないの

貧しさこそが敵

贅沢するにはきっと財布だけじゃ足りないね

だって麗しいのはザラにないの

洗脳(ワナ)にご注意

(中略)

贅沢するにはきっと妬まれなきゃいけないね

ちょっと芳しいのを睨まないで

欲しがらないなら

(以下略)

東京事変「キラーチューン」

 

 「贅沢は味方」や「貧しさこそが敵」といった強烈なパンチラインでガンガン欲望を煽りつつ、「贅沢するには財布だけじゃ足りないね」とバランスをとる。また、2番では、贅沢を敵視する人間を登場させることで(「贅沢するにはきっと妬まれなきゃいけないね」)、完璧な二項対立を作り、 アジテーションの純度を高めていく。対立構造は、教祖とファンの結束を高めるのに最も有効な手段だ。彼女の「戦略」はこういうところにも表れている。

 

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