宮本陽吉 『アメリカ最終出口』

 アメリカ文学者で、ジョン・アップダイクフィリップ・ロスの翻訳などをしている著者の批評的エッセイ集。タイトルは宮本自身が翻訳したヒューバート・セルビー・ジュニアの『ブルックリン最終出口』からとられているのだろう。宮本は、本書の3年前に『アメリカ小説を読む』という似たような批評的エッセイ集を出していて、いくつか内容も重複するところがあるのだが、アメリカ文学に関する小ネタは『アメリカ最終出口』の方が多く、密度も増している。読むとしたら断然『最終出口』のほう。『最終出口』で取り上げられている作家は全員20世紀以降に活躍した人物で、ヘミングウェイからアップダイク、ピンチョンまで。現代アメリカ文学の王道をいくようなラインナップである。

 面白かったのは『ワインズバーグ・オハイオ』で知られるシャーウッド・アンダーソンの失踪エピソード。彼は作家になる前、オハイオ州で塗装工場を経営する社長であったのだが、ある日突然文学に目覚めると、そのまま家族と会社を捨てて、シカゴに移ったという。これは彼自身が自伝で言っていることだ。だが、実際は、商用旅行の最中に過労で錯乱し病院に収容されたという出来事や家庭内のイザコザなどを大幅に脚色・省略して、そのエピソードは作り上げられたのだった。彼の「虚言癖」のようなものは、父親から受け継いだものらしい。彼の父親もまた南北戦争時代の体験に尾ひれをつけて、周囲の人間に語って聞かせてたとか。アンダーソンはそんな父を「偉大な語り手」と呼んで尊敬していたようだ。本書にはベン・ヘクトが『自伝の世紀』で書いたアンダーソン評が引用されていて、孫引きになるが興味深いので引用してみよう。

 

 シャーウッドは、彼自身についての話をきかせてくれたが、ぼくは、その大半を信じていない。しかし、嘘だろうがほんとうだろうが、大した変りはない。語り手は迫力のある手腕を持っているし、ぼくはいつでもうっとりききいっていたのだから。

  

 アンダーソン以外にも、来日したアップダイクの万博見物を手伝った時のエピソードや、小説の創作を教えるオレゴン州立大学についての記事など、色々読みどころがある。村上春樹『風の詩を聴け』についての短い書評もあり、早い段階からヴォネガットの影響を指摘している。

 

アメリカ最終出口 (1980年)

アメリカ最終出口 (1980年)