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ポール・アレクサンダー 『ジェームズ・ディーン 破れた夢の道』

 ジェームズ・ディーンの伝記を読んでみようと探していたら、翻訳されているものでは、ポール・アレクサンダーの物とドナルド・スポトーの物が見つかった。原著の発表は前者の方が早い。そして、アマゾンではアクレサンダーの物がかなり酷評されている。気になったので、今回読んでみることにした。ちなみにアレクサンダーは『サリンジャーを追いかけて』の著者でもある。

 ジェームズ・ディーンは、1931年にインディアナ州マリオンに生まれた。6歳の時、父親の仕事の都合でロサンゼルスに転居。9歳の時に母を癌で亡くし(父親は後に再婚)、インディアナ州で暮らしていた伯母夫婦の下で育てられることに。彼は幼いころから様々な芸術に興味を持ち、特に演劇に惹かれていった。高校を卒業すると、インディアナ州を離れ、父親のいるロサンゼルスへと移る。しかし、父ウィントンは、息子が俳優を目指すことに反対し、二人の仲は悪化する。1950年秋、ディーンはサンタモニカ市立大学からUCLAに転校する。彼はそこで演劇を本格的に学ぶことになるが、学内のオーディションでこきろされたことに反発し、最終的には中退。在学中に『マクベス』のマルコムを演じた際、エージェントの目に留まったことから、プロの俳優として活動することになる。本書には、ディーンが役を求めていわゆる「枕営業」を男相手にしていたことが、はっきりと書かれている。だが、ロサンゼルスでは数本のテレビドラマに端役として出演しただけで大成せず、ディーンはニューヨークへと向かう。そして、リー・ストラスバーグのいるアクターズ・スタジオの入団オーディションを受け、見事合格。21歳の時だ。その後『ジャガーを見よ』という演劇で評価を高め、ジッドの『背徳者』を翻案した劇に出演している最中、『エデンの東』を映画化しようとしていたエリア・カザンに発掘され、スターの道を駆け上がっていくことになる。だが、1955年、自動車事故で死亡。24歳だった。彼が『ジャイアンツ』の後で出演することになっていた『傷だらけの栄光』は、ポール・ニューマンが代わりに出演し、ニューマンをスターにした。

 本書の評判が悪い理由の一つは、著者の書き方にあると思われる。アレクサンダーは、ディーンの内面を感情的な独白調で書いてみたり、ある出来事を描くのに物語風にしてみたりと、「小説 ジェームズ・ディーン」的な感じの記述を採用していて、いささか客観性に欠けるきらいがあるのだ。また、ゲイとしてのジェームズ・ディーンという側面をことさら強調していることも、反発されている原因だろう。ディーンがゲイであったということは、アマゾンでの紹介文を見る限りスポトーの本でも触れられているようだが(ちなみに、ケネス・アンガーは『ハリウッド・バビロン』の中で、ディーンがSM好きだったことから「人間灰皿」というあだ名をつけられていた、と書いている)、本書はその書き方がかなり生々しいので、伝記というよりかは「暴露本」として受け止められているのではないだろうか。ただ、ディーンの人生の流れを知るという点に限って言えば、特に支障は感じなかった。

 それにしても、24歳の若さで死んだ人間の人生が一冊の本になるというのはすごいことだ。ただ、それだけはさすがに分量が足りなかったのか、それとも当初の予定通りなのか、本書ではディーン死後の出来事にもそれなりに書かれている。ジェームズ・ディーン財団のごたごたについては、読む価値があるだろう。著者が老人ホームにいるディーンの父に会いに行く場面も描かれている。

 

ジェームズ・ディーン 破れた夢の道―その生涯、時代、伝説

ジェームズ・ディーン 破れた夢の道―その生涯、時代、伝説