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ノーマン・メイラー 『黒ミサ』

 ノーマン・メイラーの『黒ミサ』(原題:Trial of the Warlock)は、これまで日本語に翻訳されてきた彼の著作の中でも、最も知名度が低い作品だと思う。メイラーの翻訳は、だいたい新潮社か早川書房から出ているが、これは集英社から出版された。もともと『黒ミサ』は1976年の『プレイボーイ』クリスマス特集号に載せられたもので、集英社が日本版『プレイボーイ』を発行していた関係から、翻訳権を持っていたのだろう。

 さて、その中身だが、これはジル・ド・レという悪魔主義者の貴族を扱ったたユイスマンスの小説『彼方』を、メイラーがシナリオ風に翻案したものなのだ。ジル・ド・レというのは、ジャンヌ・ダルクと共に武将としてイングランドと闘い、後に100人以上の少年を犯した末虐殺したということで有名になった人物だが、日本においても「青ひげ」や澁澤龍彦経由で、サブカルチャーの世界ではそれなりに知られている。最近だと、虚淵玄の作品で知った人もいるだろう。メイラーというのは、殺人犯やボクサーのような、暴力的な異端者に惹かれ続けてきた男なので、彼がジル・ド・レに興味を持ったのも特段おかしなことではない。

 雑誌に掲載された物だから、枚数はそんなに多くなく、邦訳は160頁程度。翻案なので、ストーリーはユイスマンスの物に多くを負っている。一応シナリオという態だから、時折カメラの動きを指示した箇所(「やがてゴダールの映画『週末』の場面を見ているようになる」と指示している所はメイラーの映画観を知るうえで興味深い)があったり、映像効果を意識して過去と現在のシーンを交互に並べたりしているが、まあ、レーゼシナリオと言っていいだろう。だから、現在に至るまで、これをもとにしたドラマ・映画は作られていない。

 ユイスマンスの小説は、19世紀末のパリを舞台に、ジル・ド・レの伝記を書いている小説家デュルタルが、シャントルーヴ夫人の手引きで黒ミサに参加するというものだが、メイラー版では「あの男(注:ジル・ド・レ)こそ、まさに近代世界に科学をもたらした怪物なのだ」という台詞をデュルタルが呟いた後、現代のオルリー空港にワープするという原作にない場面が付け加わっている。

 二十世紀後半の世界では、デュルタルの十九世紀末的服装も違和感がない。彼はいつのまにか長髪になり、顔には化粧すら施している。「かれ(注:デュルタル)の厳しい十九世紀的表情」が「いまではすでに道化じみた現代の両性具有、ふたなり*1の面持に変ってしまっている」。そして、空港にいる彼の脳裡には、「夜のティフォージュの城で燃える大きな坩堝の炎」の中からロケットが一台舞い上がっていく様子が映し出され、「月が傷を負った子供のように泣き叫ぶ」というイメージが浮かんだところでこのシナリオは終わる。悪魔と科学を結びつけ、テクノロジーに肉体性を奪われることを批判してきたメイラーの主張が、ここには表れている。「悪魔主義というのはあの時代から今日まで(注:中世から十九世紀末まで)、とぎれることなくつながり流れているのじゃないかと思うんだ」と作中でデュルタルの友人デ・ゼルミは言うが、悪魔は二十世紀になっても形を変えて生き延びているというのが、『黒ミサ』のテーマなのだ。といっても、悪魔的なものを描く時のメイラーは、非常に生き生きとしているが。また、「最後の夜」、『アメリカの夢』、『月にともる火』などで象徴的に描かれてきたロケットや月が再登場していることにも注目すべきだろう。

 

黒ミサ (1977年)

黒ミサ (1977年)

 

  

彼方 (創元推理文庫)

彼方 (創元推理文庫)

 

 

*1:ふたなり」に傍点