秋津弘貴 『プロ野球記者会にいると絶対に書けない話』

 ジャーナリストの秋津弘貴が『月刊リベラルタイム』に連載していた野球コラムを加筆し、まとめたのが本書である。中身は、「愛すべきスーパースター「長嶋茂雄」」、「名伯楽「仰木彰」の伝説と遺産」といった過去に焦点をあてたものから、「日本一「中日ドラゴンズ」の秋季キャンプ」のような現代のプロ野球について書いたものまで、幅広い。「絶対に書けない話」と銘打ってはいるが、どぎつい感じはまったくなく、プロ野球記者会というのはそんなにタブーが多い場所なのかと思うぐらいだ。

 中でも興味深かった話は、「ジャパン監督「星野仙一」の知られざる「爺殺し術」」だ。星野は明大時代、「御大」と呼ばれ、鉄拳制裁で恐れられたスパルタ監督島岡吉郎に目をかけられ、部内では主将を任されるほどに出世した。星野は島岡の言う事ならなんでも従った。ある時、島岡が学内でデモをしている生徒たちを見かけ、星野に「おい、星野、あいつら赤か?」と尋ねた。星野が「ハイ」と即答すると、島岡は「殴れ」と命令した。星野は一瞬ためらったが、すぐさま「猛然と学生運動の群れに飛び込んで行った」という。何とも凄まじい忠誠心だ。今でも星野は、「明治大学野球部島岡学科卒業を公言している」のだとか。鉄拳制裁で有名だった島岡だが、「明大野球部史上、島岡吉郎の鉄拳の洗礼を浴びなかった主将は二人だけ」で、一人は星野、もう一人は高田繁らしい。高田は「万事においてソツのない優等生で殴る理由が見つからなかった」ということだが、星野に関しては「あいつ、殴ろうとすると、自分から『殴ってください』といわんばかりに顔を突き出してくるんだよ」とのこと。これが星野流人心掌握術 のようだ。

 星野は島岡だけでなく、プロ引退後は、川上哲治ドジャース会長ピーター・オマリー、中日オーナー加藤巳一郎、田宮謙次郎といった年上の人たちに取り入ることにより、地位を築いてきた。その手腕はまさに「爺殺し」。星野のこうした性格は、早くに実の父親を亡くしたことが原因ではないか(父・仙蔵は星野が生まれる三か月前に脳腫瘍で他界した)、と秋津は本書で考察している。つまり、星野は島岡や川上を、「父親の代理」に見立てているというわけだ。これは面白い見かただと思った。

 ちなみに、中日新聞社は、元々戦時下の新聞統合令により、名古屋新聞社(オーナー:加藤家)と新愛知新聞社(オーナー:大島家)が合併してできた会社なので、今でもその二社を中心とする派閥が残っているらしい。加藤家に可愛がられたのが星野で、大島家に近い白井オーナーに信頼されているのが落合だ。星野と白井の間には確執があるとも言われている。ヤクルトでは古田と多菊社長が争ったこともあった。人事をめぐるゴシップはやはり面白い。

 

プロ野球記者会にいると絶対書けない話

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