作家の性癖

 人が自分の性癖を意識するのは何歳ぐらいからだろうか。個人的な経験から言わせてもらえば、小学校にあがる前、大体五歳ぐらいの時には、変態的な「エロ」を認識していた(詳しくは「童貞と男の娘」を読んで欲しい)。頭で自分の性癖を理解していたというよりかは、本能的に「そこ」に向かっていたという感じ。それが、他人と異なる嗜好であることは何となくわかっていたが、変態的であるということまではわかっていなかったような気がする。きちんとそれを理解したのは、中学に入ってからだと思う。
 男の作家の伝記を読んでいると、「性の目覚め」についてのエピソードが書いてあることが多い。それは作家自身が自ら語っているからだ。
 まず、有名なのは三島由紀夫だろう。なにしろ、自伝的小説『仮面の告白』は、「性欲」が重要なテーマとなっているのだから。

 

 坂を下りて来たのは一人の若者だった。肥桶を前後に荷い、汚れた手拭で鉢巻きをし、血色のよい美しい頬と輝く目をもち、足で重みを踏みわけながら坂を下りて来た。それは汚穢屋──糞尿汲取人──であった。彼は地下足袋を穿き、紺の股引を穿いていた。五歳の私は異常な注視でこの姿を見た。まだその意味とては定かではないが、或る力の最初の啓示、或る暗いふしぎな呼び声が私に呼びかけたのであった。(文中の傍点省略)


 意味を理解していたわけではないけれど、五歳の頃には、はっきり「性の目覚め」を経験している。しかも、変態的な「それ」である。この後、六歳の時には、「白馬にまたがって剣をかざしているジャンヌ・ダルク」の絵、それから「兵隊たちの汗の匂い」や松旭斎天勝の舞台、「殺される王子」に、罪の意識を感じつつも、倒錯的な興奮を覚えていく。『仮面の告白』は小説だから、ジョン・ネイスンのように、「三島が自己自身のものとしている空想が、ほんとうに五歳だった当人の頭脳にあったかどうかはわからない」(『新版・三島由紀夫──ある評伝──』新潮社)ともとれるが、私自身の経験から言わせてもらえば、あり得ることだと思う。
 
 他の作家を見てみると、谷崎潤一郎の場合、六歳の時、歌舞伎座で「東鏡拝賀巻」の「実朝の首が公暁に切り落とされるのを見て、エロティックな興奮を覚えたという」(小谷野敦谷崎潤一郎伝 堂々たる人生』中央公論新社)。『武州公秘話』では、幼き日の武州公が、敵の首を洗い清める美女を見て、「恍惚郷に惹き入れられて、暫く我を忘れ」るシーンが描かれているが、「それがどう云う感情の発作であったかは、後になって理解したことで、当時の少年の頭では何も自覚していなかった」と書かれていて、やはり少年時代の「性」は後から言語化されるものらしい。

 

 江藤淳は『なつかしい本の話』で、七歳の頃、紀伊国屋文左衛門の歌を歌っていたら、それを聞いた女中が続きを歌い、その事になぜか「燃えるような羞恥の感情」を覚え、とっさに近くにあった火箸を彼女の手に押し付けた、というエピソードを書いている。その後、谷崎潤一郎の小説を読み、女の「弾ち切れんばかりに踝へ喰ひ込んだ白足袋」の興奮するようになって、家の女中の白足袋を盗むようになったという。小谷野はこれらの出来事を「小児性欲の変態的な現れ」と評している(『江藤淳大江健三郎』)。江藤は小説家ではないが(小説を書いたことはある)、幼年時代に現れた変態的な性欲を忘れることはなかった。
 
 フランスの文豪・ユゴーは、脚フェチだったようだ。その「目覚め」は五歳になる前のこと。当時ユゴーはモン・ブラン街の、ある学校に通っていた。朝、彼は学校の先生の娘であるローズ嬢の部屋に連れていかれ、朝寝坊だった彼女が身づくろいするのをよく目撃した。その時、彼女が「靴下をはくその姿をじっと見つめていた」という(『その生活に立ちあった人の物語ったヴィクトール・ユゴーの姿』。引用はアンドレ・モロワの『ヴィクトール・ユゴーの生涯』より)。

 

 情欲の最初の衝動はあとあとまでも深い痕跡を残すものであり、人間は生涯を通じて、こうした感動をもう一度味わってみたいと思いつづけるものなのである。ヴィクトール・ユゴーが生涯女の脚だとか、女の白や黒の靴下だとか、女の裸の足だとか、こういった「素足の恋歌」につきまとわれることになるのもこのためであった。(『ヴィクトール・ユゴーの生涯』)


 その後も、寄宿学校に入った頃、「ロザリー嬢のあとから階段を登りながら、この裁縫婦の脚をじっと眺めていた」など、脚の観察はずっと続いた。老人になっても女癖の悪かったユゴーだが、結婚するまでは、もっぱら「のぞき」専門だったようだ。そんなユゴーだが、モロワの言う通り、詩や小説の中でも、「脚」の描写にこだわっている。あの『レ・ミゼラブル』から、ちょっと長いが引用してみよう。マリユスがリュクサンブールの園で見かけたコゼットに片思いしてから、何度目かの出会いのシーン。

 

(前略)晩春の強い風が吹いて篠懸の木の梢を揺すっていた。父と娘とは互いに腕を組み合して、マリユスのベンチの前を通り過ぎた。マリユスはそのあとに立ち上がり、その後ろ姿を見送った。彼の心は狂わんばかりで、自然にそういう態度をしたらしかった。
 何物よりも快活で、おそらく春の悪戯を役目としているらしい一陣の風が、突然吹いてきて、苗木栽培地から巻き上がり、道の上に吹き下ろして、ヴィリギリウスの歌う泉の神やテオクリトスの歌う野の神にもふさわしいみごとな渦巻きの中に娘を包み込み、イシスの神の長衣よりいっそう神聖な彼女の長衣を巻き上げ、ほとんど靴下留めの所までまくってしまった。何とも言えない美妙なかっこうの片脛が見えた。マリユスもそれを見た。彼は憤慨し立腹した。
 娘はひどく当惑した様子で急いで長衣を引き下げた。それでも彼の憤りは止まなかった。──その道には彼のほか誰もいなかったのは事実である。しかしいつでもいないとは限らない。もしだれかいたら! あんなことが考えられようか。彼女が今したようなことは思ってもいやなことである。──ああしかし、それも彼女の知ったことではない。罪あるのはただ一つ、風ばかりだ。けれども、シュリバンの中にあるバルトロ的気質がぼんやり動きかけていたマリユスは、どうしても不満ならざるを得ないで、彼女の影に対してまで嫉妬を起こしていた。肉体に関する激しい異様な嫉妬の念が人の心のうちに目ざめ、不法にもひどく働きかけてくるのは、皆そういうふうにして初まるのである。その上、この嫉妬の念を外にしても、そのかわいらしい脛を見ることは、彼にとって少しも快いことではなかった。偶然出会う何でもない婦人の白い靴下を見せられる方が、彼にとってはまだしもいやでなかったろう。(豊島与志雄訳)


 十九世紀のフランスで、長衣に隠れていた脛が見えるというのは、今でいうパンチラに近いものなのかもしれないが、ユゴーが「脚フェチ」であるということを考慮すると、この描写は味わい深く見えてくる。面白いのは、嫉妬の念にかられると、ラッキーなエロも、嬉しくなくなるということだ。その女を独占したいという強烈なエゴから、苦しみが生まれるのだろうし、周りが全てライバル(影までも!)に見えてくるから、気の休まる時がない。マリユスはユゴーがモデルのキャラクターだが、ユゴー本人もひどく嫉妬深い人間で、態度のはっきりしない許嫁のアデールに「どうぞぼくのみじめな嫉妬心を不憫に思って、ぼくをお避けになるのと同様に、ほかの男たちをも、ひとり残らずお避けになってください」という手紙を送っている(モロワ『ヴィクトール・ユゴーの生涯』)。

 これらの作家のエピソードからわかるのは、変態というのは幼いころから変態ということだ。しかも、まだ十分に言葉や文化を知らない段階で、「文脈」付きのエロにまで反応するのだから、「性欲」というのは本当に根が深い。

 

引用・参考文献 

仮面の告白 (新潮文庫)

仮面の告白 (新潮文庫)

 

  

三島由紀夫―ある評伝

三島由紀夫―ある評伝

 

  

谷崎潤一郎伝―堂々たる人生

谷崎潤一郎伝―堂々たる人生

 

  

武州公秘話 (中公文庫)

武州公秘話 (中公文庫)

 

  

新編 江藤淳文学集成 (5)

新編 江藤淳文学集成 (5)

 

  

  

ヴィクトール・ユゴーの生涯 (1969年)

ヴィクトール・ユゴーの生涯 (1969年)

 

  

レ・ミゼラブル 全4冊 (岩波文庫)

レ・ミゼラブル 全4冊 (岩波文庫)