ラブホテルのスーパーヒロイン④

                2 実践編

 

 私には夢がある。特撮ヒロインのコスプレをした女とセックスしたいという夢が。しかし、それを頼むための彼女はいないし、コスプレをメインにしたいわゆる「イメクラ」と呼ばれる風俗も、女子高生とか女医とかOLとかありきたりなものばかりだった。そういう店に自分で衣装を持ち込む剛の者もいるらしいが、そもそも風俗に強い抵抗感があったのでそこまでの情熱は持てず、結句、二十八年間童貞で過ごし続けることになった。
 去年の梅雨頃、暇だったので5chのレッド・ルーフのスレッドをぼんやりと眺めていたら、品川区の某所に特撮やゲーム、アニメのヒロインのコスプレを専門とした風俗ができたという書き込みが目に飛び込んできた。だが、その時点ではまだ風俗に忌避感があったし、無職で金もなかったので、「ふーん」と思うぐらいでやり過ごし、すぐに忘れた。
 それが、夏に就職し、大阪の友人に会いにいったついでに、「男の娘」で童貞を捨てたことから(「童貞と男の娘」参照)、風俗への抵抗感がだいぶ薄くなって。それから数カ月経った時に、ふと5chの書き込みを思い出し、今度はそこに行こうと思い立ったのであった。
 その風俗は、「ヒロインの檻」という名前だった。分類としては、「イメクラ」になる。サイトを見ると、四つぐらいコースがあったが、特に目を惹いたのは「シナリオ・コース」で、自分の書いたシナリオを実践してくれるというもの。せっかく行くなら「シナリオ・コース」にするかと思い、次に料金表を確認すると、入会金・指名料合わせて六十分で約三万だった。高い! 自分が夏に行ったニューハーフ・男の娘の店は、一万五千円だったので、その二倍である。しかも、ホテル代もかかるから、最低でも四万近くは風俗代として確保しておかなければ安心できない。だが、自分の給料は手取りで十六万弱(なんでそんなに薄給のところに務めているのかといえば、仕事が楽だからだ)。そこから一気に出すのはかなり厳しい。仕方がないので、冬のボーナスに全てをかけ、それまで雌伏することにした。
 ヒロインの檻は他の風俗店に比べるとTwitterでの発信にわりと熱心らしく、店長や女の子がよく、店の情報とか衣装、その日のプレイについてツイートしていて、否が応でも期待が高まった。驚いたのは店長が「女」だったことだが、今ではむしろ珍しいことじゃないのかもしれない。彼女は、動画配信で店の宣伝をしたり、ネタツイートでフォロワーを笑わせようとしたり、ある種名物店長といった感じで、店を盛り上げようとしていて、そのやる気はこちらにもよく伝わった。

 

 十二月二十日。始業とともに会社の給与情報ページが更新された。俺は仕事そっちのけですぐにそのページを確認した。
「三万二千円」
 これがボーナスの額だった。俺は一瞬激しいめまいに襲われた。口から泡を吹いて倒れそうになった。世界がずぶずぶと沈み込んでいくような感覚を味わった。何だこれは。俺のボーナスは給料の一月分じゃなかったか…… どうやら、俺が一月分と思っていたのは実は半月分で、しかも中途入社だから元々低いボーナスがさらに低く支給されたようだ。作家の広津和郎が、毎夕新聞に務めていた頃(「蒲団」で有名になった永代静雄が社会部長を務めていた)、年末にボーナスが出たが、額が少なすぎるので「餅代」という名称で配られたというエピソードを『年月のあしおと』の中で書いていたが、まさに俺のもボーナスと呼ぶには恥ずかしすぎる金額だった。
 しかし、どうにもならないので、それを全て風俗代に充てることにし、それ以外は十二月分の給与から出すことにした。
 とにかく、金は確保できたので、あとは予約するだけだが、なにせ金額が金額なので指名する嬢から衣装、そしてシナリオに至るまで慎重に設定しなければならない。
 自分は精神的な意味で「マゾ」だということを数年前から自覚していたので(むち打ちとかロウソク垂らしみたいな、本格的に痛そうなのはNO)、方向性としては、男が悪女に犯されるというプレイを考えていた。俺はAVを視聴している時でも、感情移入しているのは女優側で、その相手も女、つまりレズビアンものを観て、自分が「女」になった気分でオナニーしていた。女優が男装し、女から犯されているものを観ることもあった。子供の頃、母親にヒーローではなくヒロインの人形を買ってもらった伏線がここにきて回収されたのかもしない。
 ということで、実際のセックスの時でも自分が「女」であれば完璧なのだが、それはないものねだりとして、とにかく冷酷な雰囲気を持った女を相手役には選ぼうと思い、サイトのプロフィール写真を順々に見ていったが、目元を手で隠している人が多く、容姿ではいまいち決め手に欠けた。プロフィール写真では、それぞれがヒロインのコスプレをしているのだが、何人か悪役っぽい衣装を着ている人がいて、その中から二十七歳のヒカリという女を選んだ。悪役っぽいというのは、全身が真っ黒だったからという単純な理由。しかし、そのボンデージをモデルにした衣装自体にはあまり魅かれなかったので、本番では「バットウーマン」風というのを選択することに。それが、具体的にどんな衣装かというと、黒のハイレグ、黒のロング・ブーツ、金のベルト、紫のマント、それからバイクのゴーグルといった組み合わせ。バットウーマンは別に悪役ではないが、数ある衣装の中でそれが一番悪役っぽく見えた。ちなみに、プレイ中にヒロインを倒すための道具というのもあって、光線銃とか近づけるとヒロインが怯む石とか色々あり、その点も凝っていた。
 さて、シナリオだが、まさかドラマみたいに何ページも書くわけにはいかないし、そもそも俺も相手も覚えられない。だから、セックスへの導入として、二言三言程度で済ませればいいのだが、それすらもなかなか思いつかない。善側である男が、悪側である女に捕まって犯されるというところまでは決まっているが、具体的なセリフとなるとまるで出てこない。
 店のサイトで、出勤スケジュールが発表されるのは毎週日曜日。有給の申請は最低一週間前にするのが、暗黙の了解でもあったから、スケジュール発表前の十八日(金曜日)に二十五日の有給をとった。平日を選んだのは、その方が客(ライバル)が少なく、プレイが丁寧になるような気がしたから。ヒカリの出勤を見ると毎週金曜日には出ていたから、二十五日にしたのだが、まあ、ダメだったら別の人でもしょうがないと諦めていた。
 とにかく、スケジュールの発表される日曜日の夜までにはシナリオを仕上げ、自分の希望が確実に通るよう、すぐにでも予約できる状態にしたいと思い、その前の週から一週間、仕事終わりにパソコンに向かい続けた。大江健三郎アメリカ文学とかを読んで純文学の小説家を目指していた俺が、純文の「ジ」の字もない、風俗のためのエロシナリオに必死になって取り組んでいるこの状況を冷静に見つめると、自然に自嘲的な笑みがこぼれてしまうこともあったが、設定した期限が近づくにつれ焦りの方が勝ってきた。そして、とうとう一文字も思いつかないまま日曜日になった。締め切り間近になっても何も書けないストレスから妻をぶん殴っていた井上ひさしと同じくらい追い詰められていた。
 その内に、シナリオが書けないのは、どうも自分が構築しようと思っている世界に本気になれていない、入り込めていないからだと気づいた。
 それで、参考にしようと思い、レッド・ルーフの作品の中でも特にお気に入りのやつを何本か見直した。AVを初めてオナニー以外の用途で使った。それでもイメージはなかなか湧かなかったが、女優が男装している作品を視聴したら、ようやくその世界観にのめり込めるようになったのか、眠っていた想像力が少しずつ動き始めた。そして、書き上げたのが以下のやり取りである。

 

男「バットウーマン、ついに見つけたぞ。逮捕する」
光線銃を撃つも、まったく効かない。
バットウーマン「あら、私にそんなもの効くと思ったの?」
銃を奪い取るバットウーマン
バットウーマン「撃たれたくなかったら、そのまま服を脱いでベッドに行きなさい」
ベッドに横になる男
バットウーマン「私の性奴隷にしてあげる」

 

この後は、逆調教コースのような流れでお願いします。

 

 OK、わかってる。これ以上何も言わないでくれ。俺もこれで岸田國士戯曲賞をとろうとは思っていない。

 

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