ラブホテルのスーパーヒロイン⑤

 シナリオを書き上げた後、ホームページでヒカリの予定を確認したら、二十五日出勤となっていたので、ひとまず安心した。以前予約した風俗店は、サイトに予約用のフォームがあったのだが、「ヒロインの檻」にはそれがなく、取り敢えず「お問い合わせ」のところから「日時:一月二十五日 時間:十七時 コース:シナリオ・コース ヒロイン:ヒカリ 衣装:バットウーマン プレイ時間:六十分」で予約のメールを送った。時間を十七時にしたのは、それが彼女の一番早い出勤時間だったからで、その日の最初の客を狙っていた。
 すると次の日、さっそく返信が来た。「一度ヒカリの方に確認し、確定できましたら再度メールを送らせていただきます」と書いてあったので放置していたら、水曜日になっても返信がないのでさすがに不安になり、もう一度メールを送った。今度はシナリオも添付して。そしたらすぐに返事が来て、予約が確定したとのことだった。
 ちょっと面食らったのは、「予約前日に確認の電話をお願いしています」という一文で、前の風俗では予約メール一本送った以外特に何もなかったから、結構念入りなんだなと思った。デリヘルと箱ヘルの違いというのもあるかもしれない。
 しかし、困ったことが一つあった。俺は実家住まいなのである。まさか、家からかけるわけにもいかないが、周りにも聞かれたくない。こういう時、他の実家住まいの人間はどう対処しているのだろうか? とにかく、足りない知恵を無理やり絞った結果、会社帰りに自宅の最寄り駅近くからかけることにした。俺が使っているNという駅は、ベッドタウンを維持するためだけに存在している、寒風が似合う寂れた駅で、電車が到着する時ぐらいしか人がいないからだ。グーグルの口コミでは、「最果ての地」と書かれていた。
 木曜日、俺は駅の横にある、かつて郵便局で現在廃墟と化した建物に寄りかかった。風俗店に電話をかけるのは初めてだから緊張した。それに、誰かが突然現れるかもという不安もあった。目の前の国道を走る車の音も、いつもよりうるさく感じる。しばらくサイトに掲載された電話番号をじっと凝視したり元郵便局の周りを歩き回ったりという不審者まるだしのムーブを何度か繰り返し、やっと決心をつけて電話をかけた。
「お電話ありがとうございます。ヒロインの檻です」
 男の声だった。俺は女の店長がいる店というイメージをかなり強く持っていたから一瞬ビックリしたが、まあ男の従業員がいるのはおかしなことじゃないよなと気づき、
「金曜日の予約の件で電話した範多ですが」と返した。
「ご予約ありがとうございます。では、申し訳ないのですが、明日の十六時にまた確認のお電話をお願いしてもよろしいでしょうか」
「あ、わかりました」
 確認に次ぐ確認だな。玉ねぎの皮を剥いているみたいだ。まあ、こちらとしては従う以外ないのだが。
 電話を切った後、そういえばどのタイミングで風呂に入ればいいんだろうということが急に気になってきた。前に経験した風俗では、部屋に備え付けられていたシャワーを、男の娘と一緒に浴びたが、別々にホテルに入るデリヘルでは、どういうことになっているのか。つまらないことでも、一度気になると、どこまでも考え続けてしまうという悪い癖が俺にはあった。
 少し話が前後するが、日曜日にシナリオを送った後、俺はサイトに載っていた体験動画を何度も見た。なぜなら、普通の風俗と違って、どちらも過剰な演技をする必要があるから、羞恥心の強い自分としては参考になるものが欲しかったのだ。中でも鬼門となっていたのは、やはり俺がシナリオに書いた導入の部分で、そこを一番確認したかった。体験動画では、女がホテルに入ってくるところから始まり、ヒロインを倒すための道具が入ったアタッシュケースを客に渡す。彼女が風呂に入って準備している間に道具を取り出し、着替えを終えた彼女が風呂から出て来た刹那、プレイ開始となる。客側のセリフはカットされているが、女の方は「わたしがあなたを倒す!」と勇ましい様子が記録されている。その真剣さは、風俗店としての質を保証するものだったが、自意識過剰の俺がそれについていけるのかという疑問が深く残った。
 もう少しサンプルが欲しいと思い、別の体験動画を検索したら、女性向けAVを作っているメーカーのページがヒットした。説明を読むと、イケメン男優が実際の風俗を体験するという企画で、一部で話題の店として「ヒロインの檻」が選ばれたようだ。女よりも男がメインのAVだが、むしろその方が流れがわかって良いかもしれないと考え、購入した。一二八〇円だった。
 実際、サイトに載っていた体験動画よりも、流れが逐一記録されていて、こっちの方が参考になった。動画に出てくる向井理風の男優もシナリオ・コースを選択していたが、相手に言わせるセリフとして、「ちんちん」じゃなく「おちんちん棒」というワードをチョイスしていたのには、微苦笑せざるを得なかった(本人も自分の書いたシナリオを読み上げながら、思わず苦笑していたが)。まあ、それはともかく、さすがにプロの男優だけあって緊張した様子を見せることもなく、流れるように特異なプレイに突入していたが、俺にはこんなスムーズに演技するのは無理だと思った。元々感情を表現するのがめちゃくちゃ苦手なうえ、演技経験がゼロなのだから。
 なので、図書館に行って演技について書かれた本を適当に二、三冊借りてみたが、数日でどうにかなるものではないことだけがわかった。当然だ。カラオケ屋に一人で入って練習しようかなとも少し考えたが、面倒くさいのでやめた。それに、俺のセリフは一言だけなので、まあ何とかなるだろうと高を括ってもいた。俺は俺なりのメソッド演技で勝負する。それだけだ。

 

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