オールタイム・ベストが好きという悪癖

 年末になると、様々なメディアで、「今年の収穫」といったような年間ベストを決める企画が行われる。自分はそういう場で意見を求められる人がめちゃくちゃ羨ましいと思っている。なぜならそれは世間から「目利き」としてのお墨付きをもらっているようなものだから。自分が気に入ったものを数行程度の文章と共に発表するだけでギャラが貰えるなんて、夢みたいな話だ。

 といっても、俺は新刊本を読む習慣がないので、一兆分の一の確率でそんな依頼が来たとしても、答えることはできない。

 俺が本当に答えたいのはオールタイム・ベストである。

 俺はこれまでに、ブログでいくつものオールタイム・ベスト特集を紹介してきた。理由の一つとしては、ブログのアクセス数稼ぎのため。なにしろ俺のブログは数年間、1日のアクセス数が3人~5人という驚異的な数字を叩き出していたので、どうやったら(そこまで手間をかけずに)人気のあるコンテンツを作れるか、ということを思案していた時、「有名人らのオールタイム・ベストなら、みんな興味あるんじゃないか?」と思いつき、載せ始めた(結果、アクセス数は1日10人までに激増した)。そもそもそれを思いついたのも、元々他人のオールタイム・ベストを見るのが三度の飯より好きだったから。柳下毅一郎町山智浩の対談集『ベスト・オブ・映画欠席裁判』に、「『キネ旬』『映芸』ベストテン大検証」という回があるが、その中でオールタイム・ベストを読むことの面白さについて次のように語っている。

 

ウェイン(町山智浩) (注:ベストテン企画について)「あー、この人やっぱりセンスいいな」とか、「コイツはバカだと思ってたけど、予想どおり背伸びした映画選んでやがるな」とか勝手なこと言いながら楽しむの。

ガース(柳下毅一郎) 好きな映画で人格を判断するわけね(笑)。

ウェイン 当ったり前じゃん! 三十そこいらのくせして小津とかゴダールばっかり選んでる奴とは飲みに行きたかねえもん!

ガース 利口だと思われたいからそういうの選ぶんだよね。

ウェイン そこだよ! 映画に限らず「オレはコレが好きだ!」って人に言うことは、誰でも「こういう人間だと思ってください」ってことになっちゃうじゃん。

 

 つまり、オールタイム・ベストを答えるということは、非常に自意識に満ち満ちた営為なのである。なぜなら、町山の言う通り、それは他者の視線を意識して答えるものだからで、そういう意味ではナルシシスティックな営為だと言える。しかし、オールタイム・ベストは、私小説とかと違って、自分の言葉ではなく他人の権威を借りるものだから、そういうことを意識する人はそこまで多くないらしい。

 そこで思い出したのが金井美恵子の『文章教室』で、この小説、様々な作家の文章が揶揄的に引用されていて、当時非常に恐れられたらしいが、ネタモトの一つとして、丸谷才一が選んだヨーロッパ映画ベストテンがある(初出は不明)。福武文庫版『文章教室』には、蓮實重彦による金井へのインタビューが巻末に載っており、そこで丸谷のベストテンについて次のように語り合っている。

 

──あのリストを見ますと誰でも丸谷先生は馬鹿だとわかる仕掛けになっていますが、先輩の同業者にそれをやっちゃっていいものでしょうか。

金井 そうでしょうか? このベストテンを読んで、「この現役作家はいい映画を選んでいる人なんですね」と心から言った人の方が多かったと思います。(略)

 

金井 ああいうベストテンを小説家や外国文学者は誰でも書きますね。でも、それを馬鹿だと考えているのは、私ではなくむしろ、蓮實先生ではございませんか(笑)。

──なるほど。しかし、現役作家というものは誰でもいざとなったらあの程度のベストテンしか組めない鈍感な人たちだということを読者に印象づけることは、文学にとっていいことなんでしょうか。それは文学の衰退につながりはしまいかと気をもんでしまいますが。

金井 そうですか。あるいはすでに衰退しているから、ああいったベストテンが組まれることになるのかもしれませんけど。それに、ああいうベストテンを組む人は、映画は衰退していると考えていることは確かですね。秀れた作家であることを自認する作家はこういうベストテンを選んではいけない、という意図を持って書いたわけですから、実は文学を〈活性化〉させることが目的でした。(略)

 

 この後、金井は蓮實に対し「ベストテンについて、ずいぶんこだわっていらっしゃるようですね」と言っているが、蓮實といえば映画芸術での年間ベストに始まり、あらゆる媒体でベストテンを選んできた人で、逆に金井の方はそもそもそういう行為自体を馬鹿にしている感じがあるから、少し興奮してしまったのかもしれない。俺は金井がベストテン的な企画に参加しているのをまだ見たことがない(一度ぐらいはあるかもしれないが)。

 繰り返しになるが、オールタイム・ベストを選ぶということは、ナルシシズムの極みである。Twitterをやっていると、「#名刺代わりの小説10選」みたいなツイートがたまに流れてくるが、自分は一度もそれに乗っかったことがない。頼まれてもいないのに、そういうことをやるのは恥ずかしいと思っているからだ(Spotifyのプレイリストを公開したことはあるけど)。しかし、自分のオールタイム・ベストを開陳したいという露出狂的願望は人一倍持っている。なので、どこかの雑誌でオールタイム・ベスト企画が行われた時、そこによばれるような偉い人になりたいと思っている。それが叶ったら、この世に思い残すことは何一つなくいつでも死んでいいという気持ちでいる。あ、別に、ブルータスの『危険な読書』みたいな、あるテーマに絞った企画でもいいです。

  余談になるが、かつてスーパーエディターと名乗り文壇の一部で嵐を巻き起こした安原顕という編集者がいて、彼ほどオールタイム・ベスト的な企画を乱発した人もいないのではないだろうか。元々は、文芸誌から女性誌に移ったことで始めた企画だったが、それがかなり当たったため、中央公論社を辞め、『リテレール』という雑誌の責任者になってからも、しつこくやり続けた。俺もブログで何度か紹介した。さすがにやりすぎたせいで、途中から新鮮さはだいぶ失われていたが(執筆陣もだいたい同じだった)、時代の空気を味わうという意味でも、一度くらいのぞいてみて損はないだろう。

 

ベスト・オブ・映画欠席裁判 (文春文庫)

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文章教室 (福武文庫)

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BRUTUS(ブルータス) 2020年1/15号No.907[危険な読書2020]

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映画の魅惑―ジャンル別ベスト1000 (リテレール別冊)

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