堀田善衛窃盗事件の真相?

 以前、小谷野敦のブログで堀田善衛が窃盗で捕まったことを伝える新聞記事の引用を読んだ。

 

jun-jun1965.hatenablog.com

 

 以来、そのことが記憶の片隅にあったのだが、先日、読売新聞で文化部の記者だった竹内良夫の『文壇のセンセイたち』という本を読んでいたら、その事件の詳細について書かれていた。

 

 堀田さんは二十三日の夜、新潮社へ依頼された原稿を届けた。その日はその原稿のために、二度徹夜をして、疲れていた体で、その新潮社の記者と、新橋へ行って飲んだ。あまり寝ていないので、酔いはすぐ廻って、すっかり泥酔してしまった。新橋駅で記者と別れて、逗子へ帰るため、横須賀線に乗りかえようと、品川駅で降りた。あまりの泥酔で、駅の荷物運送車に乗りこんでしまい、無意識で傍らの荷札を手でむしっていた。ハッと気がつくと、それは重要な他人の荷物であり、行先を明記した荷札でもあった。堀田氏は慌てて、さてどうしようかと、とにかく駅員に相談してみようと、その貨物(トランク)を持ちあげて立った。その瞬間を前記の斎藤荷物手に見つかってしまった。酔ってはいたいし、うまく弁解も説明もつかず、斎藤さんにすっかり、かっぱらいと誤解されて、鉄道公安官に引渡されてしまったのだ。そこで公安官から質問されて答えると、すっかり単なる失敗であり、『犯意なきものと認む』という大変大げさな法律用語を調書に書かれた。が、矢張り規則通り、丸の内署へ廻されて(注:新聞記事では水上署)、検事の取調をさらに受けた。検事は堀田氏と話合ってみると、これは全くナンセンスなものであることが判明、すぐ釈放ということになったのである。検事は「あまり深酔いしないように……」とかなんとか言って堀田さんの肩を叩いて幕。

 

 堀田はこの頃仕事がほとんどなく貧乏だったため、高等学校に就職しようとしていたのだが、この記事のせいでフイになりそうだ、と竹内にこぼしている。堀田はこの事件の四ヶ月ほど前、読売新聞の外報部に臨時嘱託として一週間ほど勤めていて、その時の経験をもとに「広場の孤独」を書き、事件から三ヶ月後に芥川賞を受賞。一躍売れっ子となっていった。

 この窃盗事件は無意識の所業だったとしても、絶対に言い逃れのできない「盗み」もある。栗原裕一郎の『〈盗作〉の文学史』によれば、堀田は「朝日新聞」に『19階日本横丁』という娯楽小説を連載していた時、森本忠夫のエッセイ『奇妙な惑星から来た商人──海外における日本人の評判』から、引き写しに近い行為をしたという。「堀田は森本から素材に使うことの了承を取り付けてはいた」が、「あまりに『素材』そのままではないか」ということで、当時「夕刊フジ」が取り上げたらしい。窃盗事件から22年後の出来事だ。しかし、盗作問題としてさほど盛り上がることはなかったようで、97年には朝日文芸文庫にも入っている。一応、単行本のあとがきと文芸文庫の解説を見てみたが、森本のことについては触れられていなかった。

 

 

広場の孤独 (新潮文庫 ほ 2-1)

広場の孤独 (新潮文庫 ほ 2-1)

  • 作者:堀田 善衞
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1953/09
  • メディア: 文庫
 

  

19階日本横丁 (朝日文芸文庫)

19階日本横丁 (朝日文芸文庫)

 

  

奇妙な惑星から来た商人―海外における日本人の評判 (1970年)
 

  

〈盗作〉の文学史

〈盗作〉の文学史