デヴィッド・クローネンバーグ 『マップ・トゥ・ザ・スターズ』

 さて、物語の中に、精神分析医や心理学者が出てきた場合、我々はそこに「始まり」を見出す。つまり、物語の根幹となる諸要素が、トラウマという形で、断片的/非論理的に彼の患者の口から洩れることを知っているからであり、以降、その物語が患者の語った言葉をどう辿っていくのかということについて集中するからだ。

クローネンバーグ監督の『マップ・トゥ・ザ・スターズ』で、ジュリアン・ムーア演じる女優のハヴァナ・セグランドが、心理学者であるジョン・キューザックに開陳する情報は、「母親」と「映画産業」にまつわるものだ。セグランドは、自身と同じく女優であり、火事で早世した母親がかつて出演したアート映画のリメイク作品に、参加しようと目論んでいる。しかし、キャスティングはそう簡単に決まらない。また、自宅には、死んだ「母親」の亡霊が出現し、彼女を苦しめる。

 セグランドが心理学者のカウンセリングを受けるのは、自分の周囲に嘘が溢れていることを知っているからだ。ハリウッドでは皆、自分の話しかせず、誰も他人のことを気にしない。コミュニケーションは完全な一方通行であり、いかに相手よりも目立ち、大金と名誉を得るか、ということに汲々としている。そのような生き馬の目を抜く世界で、セグランドが利用したのが「母親」である。「母親」という存在は絶対不変のものであり、他人がすり替えることはできない。しかし、その絶対性にセグランドは苦しめられている。母親の亡霊はその象徴なのだ。

 セグランドは、彼女の意思に従順な女性秘書(ミア・ワシコウスカ)を雇い、自身が絶対性を確立できる状況を作れば、「母親」の亡霊を振り払え、仕事も上手くいくと考えた。そんな彼女の計算が、秘書の「生理」から崩れるのは、やはり母娘の軋轢を描いた『キャリー』を想起させる。しかし、ハリウッドにおいては、セグランドの悲劇など、凡庸なものでしかないだろう。『マップ』は、悲劇の氾濫が喜劇でしかないことを、我々に見せつけているのだ。

 

マップ・トゥ・ザ・スターズ [DVD]

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