佐伯彰一 『批評家の自伝』

 アメリカ文学者で批評家・翻訳家の佐伯彰一が死んだ。佐伯は1950年頃ウィスコンシン大学のフレデリック・J・ホフマンのもとでニュークリティシズムを学んだこともあったが、自伝・伝記を重視し、それらを紹介するようなエッセイを多数書いた。私もいくつか読んできたが、2006年に出版された『作家伝の魅力と落とし穴』では、メルヴィルと彼の伝記を書いたレイモンド・ウィーバーに触れて、文学における同性愛について深く掘り下げており、佐伯が三島由紀夫に関心を持っていた理由の一端が少しわかった(同性愛要素の強いメルヴィルの小説『ビリー・バッド』を取り上げ、三島由紀夫と絡めている箇所もある)。

 

 1985年に出版された『批評家の自伝』で紹介されているのは、20世紀以降のアメリカ文学に関わってきた批評家たちの自伝だ。取り上げられた批評家は、アルフレッド・ケイジン、ノーマン・ポドーレツ、グランヴィル・ヒックス、マルカム・カウリー、エドマンド・ウィルソン、H・L・メンケンなど。佐伯はそうした自伝の中から、文壇の動きに直接関わってくる箇所を抜きだし、適宜解説を加えている。アメリカ文学の裏側を垣間見たい読者にはうってつけの書物だろう。例えば、当時『ニュー・リパブリック』編集部にいたマルカム・カウリーが若いアルフレッド・ケイジンに書評の仕事を割り振ったことや(後にケイジンは、カウリーがエドマンド・ウィルソンのように自分の主題にのめりこんでゆく能力を欠いていると書くことになるのだが)、エドマンド・ウィルソンドス・パソスに宛てて共産主義者であったグランヴィル・ヒックスを批判する手紙を出したこと、ジョン・アップダイクの『プアハウス・フェア』をめぐってメアリー・マッカーシーとノーマン・ポドーレツがやりあったことなど、エピソードは豊富だ。補章として、「自伝と現代」と題した佐伯の講演文章も収められている。

 

作家伝の魅力と落とし穴

作家伝の魅力と落とし穴

 

  

批評家の自伝

批評家の自伝