野村克也と沙知代のコンプレックス

『球界のガン・野村家の人々』という本を読んだ。あの悪名高い鹿砦社から出版された物だ。中身は、南海時代のスパイ野球疑惑、ヤクルトにおける内紛、野村沙知代の横暴といったことが、書かれている。

 ミッチー・サッチー騒動の時は、まだ小学生だったので、あまり野村沙知代について記憶がなかったのだが、本書で彼女の巻き起こした様々なトラブルについて読むと、「本当にヤバイ奴だったんだな」というのがひしひしと伝わってくる。

 例えば、テレビで古田について「殺してやりたいほど憎い」と発言したり、カツノリが在籍していた堀越学園野球部の監督に「クビにするのは簡単」と恫喝したり、当時石井一久と交際していた神田うのを批判したりと、やりたい放題である。古田と沙知代の仲が悪化したのは、中井美穂と付き合っていた彼が沙知代の持ってきた縁談を断ったことが原因で、そこにカツノリとのポジション争いも加わって二人の関係性は完全に断裂した。そして、野村監督も、沙知代に肩入れし、古田のリードをねちっこく批判した。こういう経緯があるから、古田は恐らく今でも野村について良い感情を持っていないだろうが、我慢して黙っているのだろう。

 野村沙知代の悪行については、ケニー野村ダン野村の弟)が書いた『グッバイ・マミー』が詳しい。この本によれば、彼女は病的な虚言癖とヒステリーの持ち主で、男から男へと渡り歩いてのし上がってきたことがわかる。彼女と野村克也との出会いは、中華料理屋の女主人からの紹介で、結果的にはダブル不倫という関係になった。沙知代は最初、結婚していることも、子供がいることも隠していたらしい。騙されたことに気付いた野村は別れようとも考えたらしいが、結局は付き合い続け(周囲はもちろん大反対し、南海ホークスを追放される原因となった)、沙知代は41歳の時にカツノリを産む(ケニーはこの出産を、『女としての”賭け”だったんじゃないかな』と表現している)。野村は前妻との離婚がまだ成立していなかったので、沙知代との結婚はそれから5年近く経ってからとなった。ちなみに、野村の前妻はその後ノイローゼで若くして病死し、沙知代の元夫アルビン・ジョージ・エンゲルは自殺した。沙知代の周囲は死屍累々である。ケニーの本には、沙知代の信じがたい悪行が縷々として書き連ねられており、一読すると彼女が人殺しをしない角田美代子に思えてくる。

 そんな沙知代と、野村監督の相性は意外と抜群だったのではないかと、僕は思っている。野村の発言、例えば、ホークスを一年でクビになりかけた時、「このままでは南海電車に飛び込んで自殺するしかない」と言ってフロントを説得した話や、「長嶋は向日葵、俺は月見草」と言っているところを見る限り、野村のコミュニケーション術とは、自分を常に被害者に見立て、同情を惹くというものだ。つまりは、「卑屈」なのである。恐らく、貧しい家庭で育ち、大学野球が華々しかった頃、高卒のテスト生として南海に入団した経緯が、彼の性格を歪めてしまったのだろう。結果、野村は大卒(特に六大学)の選手に対して異常な敵意を持つことになり、その代表が長嶋茂雄だった。こうした学歴コンプレックスは、沙知代とも共通している。野村が親しくするのは、江夏や山崎武司と言った、高卒の一匹狼タイプの選手だ。野村が「ことわざ辞典」を持ち歩き、それで暗記したことわざを、さも昔から知っていたかのようにメディアに披露するというのはそこそこ有名な話だが、それも大卒への対抗心から来ているのだろう。

 野村の卑屈でペシミスティックな性格に対し、沙知代は真逆の自信家だ。野村が受け身な態度を見せるのに対し、沙知代はガンガン攻めていく。こういう卑屈(男)×自信家(女)のカップル・夫婦は意外と珍しくない。例を挙げれば、カート・コバーン×コートニー・ラブカニエ・ウェスト×キム・カーダシアン、ジョン・レノン×オノ・ヨーコ開高健×牧羊子などがいる。だいたい、女の方は悪妻と呼ばれる(今風の言い方だと、「サークル・クラッシャー」か)。ある意味では、そうした女の影響が、創作の原動力となるのだが、そうやって生み出されたものは本音を隠した「仮面」的なものであることが多い。レノンの「イマジン」や、開高のベトナム物などは、現実からの逃避を象徴しているかのように、僕には感じられる。卑屈で自信のない男に共通しているのは、自我を強く抑圧しているところで、それを完全に克服した人間はあまりいない(少なくとも芸術家に関しては見たことがない)。

 野村の話からちょっと脱線したが、この夫婦の関係は、精神分析的な意味で興味深い。野村沙知代実弟が書いた『姉野村沙知代』もいずれ読んでみよう。

 

球界のガン・野村家の人々―ID野球という名のスパイ野球
 

  

グッバイ・マミー―母・野村沙知代の真実

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姉野村沙知代

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