パリス・ヒルトンをディスった時のバンクシーはダサかった

 バンクシーが自分の作品をオークション会場でシュレッダーにかけた事件は、わりと賛否両論だった。ハフィントン・ポストの記事にもあるように、このアクションによって、バンクシーの作品の価値は、シュレッダー以前よりも高まることになった。つまり、バンクシーはアート・ゲームのルールを充分に理解したうえで、そういった行動に及んだ可能性が高いわけで、その小賢しさが鼻につく、というのが否定派の大きな理由だろう。

 バンクシーの名前を久々に目にした時、俺は彼がパリス・ヒルトンをディスった時のことを思い出した。

 パリス・ヒルトンは2006年に『パリス』というタイトルのアルバムを出した。ヒルトン一族の一員として、生まれた時からいわゆる「セレブ」として注目浴びていた彼女は、モデル活動やリアリティー・ショーの出演などで絶大な人気を獲得しつつも、セックスビデオの流出やアホな言動によって、悪名も同時に高め、常にゴシップ誌の標的となっていた。アルバムは、そんな状況下で発表され、そこに噛みついたのがバンクシーだった。

 具体的にバンクシーが何をしたのかというと、まず「パリスのアルバムの偽物を五百枚製作し、ひそかに国内(注:イギリス)のレコード店に配置した」。曲はデンジャー・マウスがリミックスしたもので、「どうしてわたしは有名なの?」、「わたしはいったい何をしたの?」、「わたしはなんのためにいるの?」というタイトルがつけられていた。そして、ブックレットには、「トップレスのパリスや頭部が犬になったパリスがコラージュされていた」(引用は全てチャス・N・バーデンの『パリス・ヒルトン』による)。

 バーデンは、『パリス・ヒルトン』の中で、バンクシーの行為を激しく批判しており、バンクシーについて、「反資本主義を表明しながら大手企業と仕事をしたり、大手オークション会社サザビーズを通して作品を高額で売ったりしていることから、偽善的との批判を受けている」とも書いている。

 バンクシーがダサかったのは、パリス・ヒルトンという叩きやすい人物をターゲットに選んだことだ。別にバンクシーが批判しなくても、ヒルトンのことを悪く言う人間は大勢いるのであって、勝てる試合に乗っかったというイメージが強い。

 また、批判の内容も、「どうしてわたしは有名なの?」といった、彼女のセレブリティぶりを浅く揶揄するだけのものであって、そのセンスはワイドナショーのコメンテーターとどっこいどっこいである。多分、バンクシーが姿を隠して活動しているのは、表に出るとバカがばれるからだろう。『イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ』というドキュメンタリー映画では、自分よりもバカな奴を出演させて、手玉にとっていたが。

 では、実際『パリス』の出来はどうかというと、少なくともバックトラックに関しては、悪くない。なぜなら、スコット・ストーチ、ドクター・ルーク、J.R.ロテムといった売れっ子プロデューサーたちを惜しみなく起用しているからだ。ちなみに、シングル・カットされた「ターン・イット・アップ」では、リミックスにポール・オーケンフィールドが参加している。

 肝心の歌にしても、特別下手というわけではないし、官能的ですらある。だから、アルバムがリリースされた時、酷評してやろうと手ぐすねを引いて待っていた批評家たちも、多くは「意外と悪くないじゃん」といったところに落ち着いたようだ。

 確かに、悪くはないが、驚異的なまでに「安っぽい」アルバムではある。先に「官能的」と書いたが、喘ぎ声ばかりが大きい雑なAV、といった方が正確かもしれない。中でも、ロッド・スチュワートの「アイム・セクシー」のカバーは、「安い」を通り越し、「虚無的」ですらある。

 

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 この「虚無」は、レディオヘッドの『KID A』に匹敵するだろう。レディオヘッドが人工的な虚無だとしたら、こちらは天然の虚無である。そして、その虚無ほど、21世紀のセレブリティ文化を体現しているものはない。バンクシーがわざわざ騒がなくても、全てはここに揃っているのである。ピッチフォークやローリング・ストーンは選ばないだろうが、『パリス』というアルバムは間違いなく21世紀を代表するものだ。

 

 

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 バンクシー(のスタッフ?)が『パリス』の偽物を配布している様子と、デンジャー・マウスによるリミックス。

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「ザッツ・ホット」というのは、パリスの口癖で、リアリティー番組『シンプル・ライフ』を通して流行語になったもの。後に、商標登録された。