ラブホテルのスーパーヒロイン①

──ところがねえ! どうしてもあの人に言う度胸が出ない、おかしな願いがあるんだと言っても、あんた信じてくれるかしら? ──あたし、あの人が、医療器具入れをもって、上っぱりを着て、ちょっとぐらいその上に血がついたままで、会いに来てくれればいいなあと思ってるのよ!

              ボードレールマドモワゼル・ビストゥリ」阿部良雄

 


               1 せんずり編

 

 俺は五歳の時から変態だった。性の目覚めのきっかけとなったのは、当時放映されていた、『忍者戦隊カクレンジャー』である。もちろん、最初は子供らしく漫然と観ていたのだが、冬の日に観たある奇抜なエピソードが、バラバラのパズルのように未完成だった性の回路を、ピタッと繋げてしまった。それがどういうストーリーだったかはもはや忘却の彼方だが、ずっと印象に残っている部分がある。それは、眼鏡をかけた子供がバスの中で漫画を読んでいて、そこにケチャップをこぼしたところ(紙の上に芋虫の如く盛り上がったケチャップとその鮮烈な赤い色は、今でも気持ち悪いほど鮮明に脳裏にこびりついている)、カクレンジャーらが強制的に敵のいる空間にワープさせられるという瞬間。そして、その空間では、全てが敵の思うままで、カクレンジャーらは苦戦を強いられるという展開。と、ここまで書いてみたら、詳細が気になりむずむずしてきたので、話の粗筋をネットで確認してみると、敵がカクレンジャーの敗北するシーンを漫画にし、それを友達のいない男の子に読ませたら具現化された、というやけに陰鬱な話で、そうした設定も俺の心の襞に触れた要因だったのかもしれない……
 とにかく、それ以来、彼らが敗北する姿に暗く湿った魅力を感じるようになった俺は、就寝時になると、布団の中でカクレンジャーが敵にやられた時のことを思い出したり、新たに自分で妄想したりしては、密かに興奮の炎を燃やすのが日課となった。特に、相手の戦闘員に首を絞められ、苦しみもがく姿が、お気に入りのネタだった。無論、その時点では、「性」のことなど何もわかっておらず、なぜか心臓や股間に心地よいざわつきを覚えるからという理由でそんなことをしていた。
 不思議なのは、言語能力が未発達な段階で、こういう特殊な認知を獲得していくことだが、三島や谷崎、ヴィクトル・ユゴーといった人々の小説・伝記を読むと、彼らも五歳ぐらいで変態的な性の目覚めを経験していることがわかって面白かった(「作家の性癖」参照)。
アンリ・トロワイヤの『ボードレール伝』にも、五歳で父を失ったボードレールが、「母に隠れてこっそりと、箪笥の奥にしまわれた下着や、母の匂いの染みついた毛皮に鼻を埋め」ていたと書かれていて、彼は後に『パリの憂鬱』と題した散文詩集の中で、コスプレをテーマにした詩を入れた。それが「マドモワゼル・ピストゥリ」で、ボードレールの詩にも思想にもライフスタイルにもあまり感心していなかった俺が、唯一これだけはよくわかった。
 話を戻そう。
カクレンジャー』の次に放映されたのが、『超力戦隊オーレンジャー』で、この時、母にわざわざヒロインである、オーピンクの人形を買ってもらったことを強く記憶している。子供というのは、幼稚園・保育園の段階でさっそく異性を意識するものらしく、自分も一人の女の子をめぐって、別の園児と喧嘩したこともあった。『オーレンジャー』の放映時には、小学校一年だったから、カクレンジャーの時以上に、ヒロインを「異性」として捉えていただろう。
 しかし、男であれば幼いころから同性のヒーローに憧れ、彼に自分自身を重ねるべく、欲しいおもちゃもそれに準ずるものになるのが普通だが、そういう視点は端からなかった(同じ特撮ものでも、男しか出てこない仮面ライダーウルトラマンには一切興味がなかった)。ヒーローではなくヒロインの玩具を選んだ息子に対し、母がどう思っていたかはわからないが、子供の気まぐれとして処理したのだろう。俺自身は、自分の妄想が異端的なことだとはっきり認識していたから、本当のことは何も言わなかった。
 小学校三、四年になる頃には、周囲の同級生で戦隊ものを見ている人間はほとんどいなくなり、むしろ「子供っぽい」ものとしてはっきり馬鹿にされるようになった。よって、俺も戦隊ものを「卒業」したかのように振る舞い始めたのだけど、その結果、毎年新たに放映されるそれを、家族の前で観ることができなくなった。年齢が上がるにつれ、社会・家族における立場上、鋼のような自制心が必要とされるようになってきた。

 だが、キリストとか仏陀のように欲望を完全に断ち切るのは凡人には不可能である。それで、自宅から徒歩五分のレンタルビデオ屋に行っては、パッケージの裏に載っているあらすじや画像を丹念に眺め記憶し、夜の妄想のエサとした。しかし、この頃から病的に自意識過剰だった俺は、十歳にもなる自分が、戦隊もののビデオを熱心に漁っているのはあまりにも不自然で、その真の目的を見透かされるのではないかと不安に思い、常に周囲に人がいないことを確認していた。
 一度だけ、最早読むだけでは我慢できなくなって、何とかレンタル代分の金をかき集め、ずっと気になっていた『百獣戦隊ガオレンジャー』の「百獣戦隊、全滅」という、タイトルからして涎の出そうなエピソードが入ったビデオを、こそこそとカウンターに持って行ったことがあったが、店員からビデオを借りるためには専用のカードがないとだめだと教えられ、顔を真っ赤にしながらその場を後にし、暫くそのビデオ屋には足を向けなかった。
 見たいのに見られないという悶々とした日々に少しばかりの光が差したのは、ビデオ録画を覚えてからだ。ただ、戦隊ものは日曜の早朝に放映されるので、それを録画した場合、家族の目を盗んで観られるのは、翌週の土曜か日曜の早朝ぐらいしかなかったのだが、三歳の時に両親が離婚し、爾来、母方の祖父母の家で暮らしていたため、老人らしく朝の早い彼らが目覚めるまでの短い間しか、貴重な鑑賞時間を確保できなかった。しかも、彼らを起こさないように、泥棒よろしく、静かに静かに行動する必要があった。当時家で使っていたブラウン管のテレビは、電源を入れると、まるで画面から「電気」そのものが毛羽だっていくような、「ジャワー」という耳障りな音を出し、ビデオを挿入すると、そこでまたガチャガチャと大げさな音を吐き出したので、気が気でなかった。無論、視聴時には、音が漏れないようヘッドホンをすることも忘れなかったし、祖父母がいつもより早く起きたことが気配でわかった時には、光の速さでビデオを止め、何を観ていたのか悟られないようにした。いや、確実に怪しまれてはいたのだろうが、早朝だからかあまり追求もされなかった。これが深夜とかなら、言い訳もはるかに難しくなっただろう。
 こんな風に書くと、毎週熱心に録画して、視聴していたように思われるかもしれないが、根が無精なため、撮り忘れることはしょっちゅうだったし、毎回朝の五時半とかに目覚まし時計なしで起きるのも不可能だった。使用していたビデオも、母親のそれだったので、使いたい放題というわけにはいかない。それに、ヒーロー・ヒロインの敗北シーンを色々観ていると、自分の中でハードルが上がっていき、欲求を満たしてくれるものにぶつかることが段々と少なくなってきて、リスクを冒すことに対する情熱と蛮勇が少しずつ冷めていったのも厳然たる事実。
 そんな中、俺が六年生の時に放映された『忍風戦隊ハリケンジャー』は、特徴のある強敵が多く(例えば、二人の女幹部、ウェンディーヌとフラビージョや、ダーク・ヒーロー的存在のゴウライジャーなど)、ヒーロー側が徹底的に負けるシーンが少なくなかったので、できる限り録画・視聴するように心がけていた。特に、ヒロインが女幹部らにいたぶられるエピソード、ハリケンジャーがゴウライジャーに完全敗北するシーン、それから、味方であったシュリケンジャーが死んだ時などは、股間の膨張が尋常ではなく、腐食した水道管のように、破裂するんじゃないかと怯えたぐらいで、次の日にもう一度──危険を承知で──居間で再見したほど。その時の言い訳は、「友達から勧められて」という苦しいものだったが、特に追求もされなかった。
 恐らく前述の理由から、『ハリケンジャー』という作品自体、今でもヒロピン(ヒロイン・ピンチの略)好きの変態たちから突出して人気があるのだけれど、見逃してならないのが、ヒロイン、ハリケンブルーの衣装である。ハリケンジャーの衣装というのは、忍者がヴィジュアル・イメージとなっていて、ヒロインであるハリケンブルーの場合、スカートに鎖帷子(風メッシュ素材)を組み合わせるという折衷的な方法がとられており、特にブーツとスカートの間の、膝から腿の一部を覆う鎖帷子に、素肌では絶対に表現できない強烈なエロスが宿っていた。ヒロインのイメージ・カラーが、ピンクやイエローといったありがちなものではなく、ブルーだったのもフェチ度が高いといえる。
 ちなみに、ウェンディーヌとフラビージョも、歴代の女幹部の中で、トップクラスに支持されているキャラクターだが、その魅力も簡単に説明しておこう。まず、成功の大きな理由としては、紅一点として登場することの多かった女幹部を、「二人組」に設定したこと。役割としては、露出の多い衣装を着たウェンディーヌが「姉」、無邪気さの塊といったフラビージョが「妹」という感じ。時にお互いをライバル視したり、漫才のような掛け合いが入ったりと、他の戦隊シリーズにはないコミック調な描き方と、その小児的かつ軽やかな「悪」の在り方は、多くのマゾヒストたちの琴線に触れたのであった。そして、俺もまたその一人であったことがわかるのは、もっと大人になってからで、当時はあまり意識していなかったと思う。

 

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