作家の写真を読む②

 以前、ブログで「作家の写真を読む」という記事を書いたことがある。作家を被写体にした写真集の紹介だ。今回はそれの続きを書こうと思う。俺がどういう写真を好んでいるかということについては、前回の記事を参考にしてほしい。

 

相田昭 『作家の周辺』

 

 相田昭は著書に付されたプロフィールによれば、

 

1946年、長崎生まれ。法政大学在学中はアラスカ・キングピーク峰に遠征するなどアルピニストとして活躍。卒業後もTBS報道局でアルバイトをしながら登山を続け、山岳写真を手がけるようになる。1974年、写真家として独立。雑誌の仕事で作家や画家のポートレイトを撮り始め、人物写真に傾倒する。1983年、小川国夫氏の著作『彼の故郷』に感銘をうけ、小川氏を被写体に写真展「彼の故郷」を開く。以来、今日まで数多くの作家や詩人、画家などと交流、その人間像に迫る写真を撮り続けている。

 

 本書には相田による、作家との出会いについて書いたエッセイも掲載されており、そこに司修が相田の「彼の故郷」展に寄せた推薦文も引用されているのだが、それによると相田は作家の写真に集中するため、それまでの仕事を全て断ったという。しかし、そのおかげで、貧困に陥り、妻からは離縁状をつきつけられたとか。

 食えなくなった相田は郵便局でアルバイトを始めたらしいのだが、小島信夫との出会いは、その配達員としてだった。相田は書籍小包をあえてポストに入れず、直接本人に渡すことで、話をすることができた。その際、

気むずかしい人を撮る時はこの本を読みなさいと、D.カーネギーの『人を動かす』という本を紹介してくれた。そして他の作家の所へ行っても、小島の所へ行って来たなどと言わないことだよと忠告され、「作家はシットぶかいからね」と念を押された

 その後、仕事で小島を撮ると、小島はその時のことを「被写体」というタイトルで書いたようだが、「言いたいことはしっかりと僕の口から言わせている所もあって、作家は怖いと思った」と相田は書いていて、これは小島が相田の発言を捏造したということだろうか。

 

古井由吉唐十郎飯島耕一

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古井由吉

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大江健三郎柄谷行人

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小島信夫

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高橋源一郎

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澁澤龍彦

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深沢七郎(恐らく、谷崎潤一郎賞の時)

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『作家の顔 「文壇エピソード写真館」』 

 

 本書は、芥川賞直木賞第100回を記念して文藝春秋より出版された。掲載されているのは芥川賞直木賞に関係する作家たちの写真(受賞者だけではなく選考委員も含む)だが、単なる肖像写真ではなく、雑誌の企画で撮った物も多く掲載されておりそれが結構バラエティーに富んでいて面白い。また、文壇の冠婚葬祭担当と呼ばれた写真家の樋口進(元文藝春秋写真部長)のインタビューもあって、読み物としても充実している。ちなみに、樋口によると撮りやすかった作家は、永井荷風今東光柴田錬三郎だったらしい。

 

野坂昭如前田美波里

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ラグビーをする野坂昭如

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村上龍芥川賞受賞直後の写真。中学時代にサッカーをやっていたことから、この写真が企画された。場所は上智大学のグラウンド)

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子供連れの古井由吉

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鉄アレイで体を鍛える大江健三郎と妻ゆかり

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猫をカゴに乗せてサイクリングする大江健三郎

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自動車のタイヤを交換する三島由紀夫(運転が下手だったため、目的地に着いたら家に電話するようにと妻に言われていた)

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鉄棒をする三島由紀夫

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「私の一日亭主」という企画で、深沢七郎の店で働く大庭みな子

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遠藤周作

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『私はこれになりたかった 著名人46人が憧れた仕事』

 

 前述の『作家の顔』を読んでいたら、三島由紀夫白バイ隊員のコスプレをした写真が掲載されていて、キャプションには「"私はこれになりたかった"のグラビアで白バイ隊員に扮した三島さん」とあって、早速「私はこれになりたかった」について調べると、ずばり『私はこれになりたかった』と題された写真集がヤフオクで見つかった。

 落札すると、この写真集非売品らしく、そのためAmazonなんかにはデータが登録されていない。発行日は2016年3月25日。どこで配られたものなのかはよくわからない。

「私はこれになりたかった」というのは、「昭和38年から39年の2年間、『週刊文春』のトップページで連載されていた人気グラビアページ」で、文字通り「各界著名人が実はなりたくてしかたがなかった職業」に扮したもの。

 本書はその二年間の中からの抜粋で、残念ながら三島由紀夫のそれは載っていない(遺族の許可がとれなかったのか?)。作家で掲載されているのは、井上ひさし遠藤周作梶山季之山口瞳吉屋信子瀬戸内晴美など。作家以外では、中曾根康弘植村直己黒柳徹子渡辺貞夫などもいる。

 

渥美清(郵便屋)

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中曾根康弘(金魚売り)

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若尾文子(美容師)

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遠藤周作(易者)

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井上ひさし(泥棒)

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大島渚南海ホークス監督)

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三島由紀夫白バイ隊員) ※本書には収録されず

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三島瑤子・藤田三男編『写真集 三島由紀夫 '25~'70』

 

 石原慎太郎・坂本忠雄『昔は面白かったな』を読んでいたら、石原の次のような発言にぶつかった。

 

石原 新潮社が、三島さんの写真集を出したでしょ。あの中で三島さんらしくていい写真っていうのは、まだ役人の頃に役所にでかける途中、どこかの駅で電車を待っている写真なんですよ。とっても平易で、気取ってなくて。あの人、他の写真は意識しているんだよ。僕ね、昔、三島さんに「石原君、ひとつ忠言するけど、これから色々写真を撮られるだろうけど、雑誌に載る写真は自分で選ばなきゃダメだぞ」って言われたの。「どうしてですか?」って聞いたら、「編集者ってのはみんな作家になりこそなった劣等感を持ってる奴らだからね、一番悪い写真を載せるんだ」って(笑)。

 

 石原が言っているのは1990年に出た『グラフィカ三島由紀夫』のことだろう。俺はその文庫版である『写真集 三島由紀夫 '25~'70』を図書館で借りてみたが、石原の言っている写真は見つからなかったが、それに近いものはあった。

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 大蔵省に勤めながら小説を書いている頃で、キャプションにも「疲れを漂わす」と書かれている。

 石原の『三島由紀夫日蝕』も確認すると、こちらには正しいことが書かれていた。ついでに、石原の『グラフィカ三島由紀夫』に対する感想も引用しておこう。

 

妙な言い方だが、最近新潮社からもらった三島氏の写真集を眺めると、本来天才なるものは氏の写真のように、いかにも天才天才した顔はしていなかったのではないかと思われる。ランボオにしても、ラディゲにしても、ガロアや旧くはモーツァルトにしても、その肖像や写真の表情はもっとさり気ないもので眺めていてくたびれない。

 他の作家なり誰ぞの写真と違って、三島氏のそれは眺め終わるといかにもくたびれる、というよりいささかうんざりさせられる。若い頃の写真だけは例外で自然だが、氏が世に出てその名声が確立された頃から写真には自意識がにじみだし、気負いがまざまざ露出して、それを無理と感じるか栄光の光彩ととるかは眺める者によるだろうが、私にはいかにもくたびれる見物だった。

 あの写真集の中で私が一番好きだったのは、四谷見附付近で撮ったという、まだ官吏時代の、役所の仕事と家へ帰ってからの執筆との二重生活の疲れを漂わす二十代前半の写真で、それには名声を獲得する前の、人生に対する不安を秘めながらもある一途さを感じさせる孤独な青年が写し出されている。その写真には、不確定な青春のはかなさとそれ故の美しさがある。

 

 石原が「電車」と言ったのは、作家と役人の二重生活に疲労した三島が、駅のホームから転落したというエピソードとごっちゃになったためだろう。ちなみに、上の写真以外で石原が最も好きだという三島の写真は、「市ヶ谷で死ぬ直前に、総監を縛った後、切腹するための準備をみんなに指図しているところを、自衛隊の写真班が脚立を立てて欄干の上から盗み撮りした」ものらしい(『昔は面白かったな』では「欄干」となっているが「欄間」の間違いだろう)。三島は写真を撮られていることにまったく気づかず、それゆえ「自意識」が消え、「雄々しくもあり」、「初めて美しくも」あった。石原はその写真を友人の佐々淳行防衛施設庁長官)に見せてもらったというから、門外不出のものなのだろう。

 

 

相田/昭写真集―作家の周辺

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  • 作者:相田 昭
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1994/10
  • メディア: 単行本
 

  

  

写真集 三島由紀夫 '25~'70 (新潮文庫)

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  • 作者: 
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2000/10/30
  • メディア: 文庫
 

  

昔は面白かったな回想の文壇交友録 (新潮新書)

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三島由紀夫の日蝕

三島由紀夫の日蝕

  • 作者:石原 慎太郎
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1991/03
  • メディア: 単行本