ロバート・ホワイティング 『メジャーリーグ とても信じられない話』

『菊とバット』や『東京アンダーグラウンド』といった著作で知られるロバート・ホワイティングが、メジャーリーグの裏側について解説した本。2008年に出版されたもので、「面白くてためになる」という言葉がぴったりくるほどの良書だと思う。

 本書では「ベーブ・ルースの呪い」や「球界出入り禁止のオーナー、スタインブレナー閣下」のような基本的なところから、松坂と絡めてボストンの歴史について説明した「人種差別の街で松坂がもてはやされるわけ」といったところまで、現在と過去を幅広く取り扱っている。野球の歴史を知ることで、アメリカの歴史も知ることができるのだ。

 最近何かと話題のドナルド・トランプは、この本によれば、ニューヨーク・メッツのファンであるとのこと。メッツは、アンチ・ヤンキース、アンチ・エリートという特色を持っていて、「敗者」のためのチームである、とホワイティングは書いている。トランプの支持層について考えるうえで、このことはわりと重要なんじゃないか。ちなみに、松井稼頭央がメッツであまり活躍できなかった時、トランプは「俺だったら松井をクビにする」というようなことも言っていたようだ。メッツのファンは熱狂的な人間が多く、活躍できない選手に対しては辛辣なので、トランプはメッツ・ファンの意見を代弁したとも言える。トランプはそういう不満を掬うのが上手い。

 他にも、ギャングとシカゴ・カブスの繋がりを書いた章や、アメリカにおけるボビー・バレンタインの評判、アトランタ・ブレーブスのオーナー、テッド・ターナーの奇行、ブッシュがテキサス・レンジャーズのオーナーになって大儲けした話などが面白かった。本書のタイトルだけ見ると軽い感じだけれど、実際中身はかなり濃い。MLBについてホワイティングが書いた本としては、『ボブさんの誰にも書けないベースボール事件簿』(角川文庫、2009年)というのもあるが、これは現代にテーマを絞っていて、日本人メジャーリーガーが向こうでどのように扱われているかなどを知ることができる。

 

・以下本書で知ったネタ

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 シカゴ・ホワイトソックスの本拠地コミスキー・パークで行われた「ディスコ粉砕ナイト」(1979年)。企画提案者はシカゴのラジオ放送局WLUPのディスクジョッキーたち。ホワイトソックスは不人気球団だったせいか、色々野蛮なことをしている。名物オーナー、ビル・ヴィックの存在も大きい。彼が生きている間には他に「爆発スコアボード」やショートパンツのユニフォームといった奇抜な企画がいくつか実行された。「ディスコ粉砕ナイト」は、ダブルヘッダーの合間に開催されたのだが、暴動に発展したため、二試合目が没収試合となり、戦わずしてホワイトソックス側が敗北するというオチがついた。

 ディスコ音楽というのはゲイ・ムーブメントと繋がりが深いから、シカゴのマッチョなファンは元々反感を持っていたのかもしれない。特にホワイトソックスの本拠地のある辺りはブルーカラーの「縄張り」らしいのでなおさらだ。ここにもアメリカの歴史を読み解く鍵があると思う。

 シカゴを代表するギャング、アル・カポネも野球が好きで、ホワイトソックスのファンだった。彼は「ルイヴィル・スラッガー」というバットを「武器」として愛用していたという(デ・ニーロがカポネを演じた『アンタッチャブル』にそれを踏まえたシーンがある)。ちなみに、ルイヴィル・スラッガーを有名にしたのはピート・ブラウニングという選手だが、彼は『フリークス』の監督トッド・ブラウニングの伯父さんでもある。

 

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 キャッチャー、ピアザ打撃妨害(「捕手がボールを持たずに、本塁上または本塁より前に出てきた」ため)という審判の判定に抗議したことで退場させられたボビー・バレンタインが、変装してこっそりベンチに戻ってくるという動画。普通にばれて、2試合の出場停止と5000ドルの罰金がかせられた。

 本書でヴァレンタインについてホワイティングはこう書いている。「たしかにバレンタインは、どのチームの監督をつとめても、ひと味違った采配ぶりを発揮する。しかし彼のチームは、しばらくのあいだは好調だが、やがて彼の自己顕示欲が足かせになってくる」。上の動画にも、そうした彼の性格が表れているのでないだろうか。

 

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俺たちに明日はない』でも知られる銀行強盗、ボニーとクライドはカーディナルスの熱狂的なファンだった。セントルイスはニューヨークやボストンに引けをとらない「野球の街」としても知られる。犯罪も多い。

 

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   隻腕の外野手ピート・グレイ(上)と小人(109cm)のメジャーリーガーエディ・ゲーデル(下)。共にセントルイス・ブラウンズに所属した。ブラウンズは同じくセントルイスに本拠地を置いたカーディナルスと違い、不人気かつ弱小球団。グレイを採用したのは1945年で、戦争で選手が足りなくなっていたことがその理由だ。

 ゲーデルの起用は1952年。彼を採用したのは、当時オーナーだったビル・ヴィック。「ディスコ粉砕ナイト」に関与したビル・ヴィックと同一人物である。四球で出塁することを狙っての起用だったが、すぐに出場を禁止され、ヴィックも責任をとって球団を手放すよう他のオーナーたちに迫られた。そして、ブラウンズはボルティモアに移動し、1954年にボルティモア・オリオールズが誕生した。ちなみに、イチローが2004年に更新するまでメジャーのシーズン最多安打記録を持っていたジョージ・シスラーは、ブラウンズの選手だった。

 

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 アレックス・ロドリゲスが走塁中「まかせろ」と叫び、それを聞いた三塁手がエラーした事件。アンフェアなプレーとして話題になった。ロドリゲスは「まかせろ」ではなく、「ハァ!」だったと主張。とにかく、何か言ったのは事実のようだ。こうしたプレーやステロイドのこともあって、ロドリゲスはアメリカで最も嫌われているスポーツ選手となった。ただ、トミー・ラソーダはロドリゲスのこのプレーを擁護している。

 

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「精神を病む大リーガー」という章で紹介された映画『フィア・ストライクス・アウト』(邦題は『栄光の旅路』)。これは躁鬱病の外野手ジム・ピアソールの人生を描いたもので、彼の自伝をもとにして作られた。『サイコ』のアンソニー・パーキンスが、ピアソールを演じている。ただ、ピアソール自身はこの映画を気に入らなかったようだ。日本ではソフト化されていないので、ぜひDVD化してほしい。

 

 

  

  

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