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ロッキング・オン・ジャパン 1996年4月号 巻頭大特集 小沢健二!

 家の本棚を漁ったら、『ロッキング・オン・ジャパン』1996年4月号が出て来た。表紙は小沢健二の顔のどアップで、彼のインタビューが巻頭に置かれている。「レヴュー96」と題されたツアーに入る直前に行われたインタビューなので、まずはライブの話題から始まって、『ライフ』や、紅白歌合戦についての思い、これからの展望などが、雑談的に語られている。新作を発表した時に行われるようなプロモーションのためのガチガチなインタビューではないので、小沢もどこかリラックスしている印象があり、ところどころでテンションが高くなっている(ちなみにインタビュアーは山崎洋一郎である)。あとは、インタビュー自体が久しぶりだったということもあって、メディアに対する気負いが少し薄れていたということもあるかもしれない。まあ、この二年後には、活動停止状態に入ってしまうのだが…… 気になった発言を引用してみる。

 

小沢 ……あのね、これがビッグ・マウスになっちゃったら許してくださいね。僕、96年は、笑っちゃうぐらい量産します。スカ混じりです(笑)。(p.38)

 実際に96年にリリースされたものとしては、『球体の奏でる音楽』、「ぼくらが旅に出る理由 (Single Edit)」、「大人になれば」、「夢が夢なら」。インタビューでも話題に出た「甘夏組曲」は結局リリースされなかった。「レヴュー96」では「甘夏組曲」以外に、「ダイヤモンド組曲」(後に「夢が夢なら」に改題)、「光る河 光る海」といった新曲も披露されたが、後者も「甘夏組曲」同様にリリースされていない。

 

小沢 (前略)ちょっと薄い曲を作りたいんです。なんか曲の中で一つのことしか言ってないようなね。もう”痛快ウキウキ通り”とかはあれもいい・これもいいなんていう風に、いっぱい詰め込んじゃうんですよね。(p.39)

 『球体』はこの理念をもとに作られたのだろうか。

 

山崎 (前略)今回のツアーで新曲やって、それがアルバムに入って……アルバムは本当に出るんですかね?

小沢 だから出しますって(笑)。量産ですから。2枚は確定しています。

(中略)

山崎 同時期に出るの?

小沢 いや、時期はズレます。だって同時期に出たらヤじゃん。味が全然違うから、一緒に食べちゃダメです。

山崎 でも、かなり矢継ぎ早に出るんでしょう?

小沢 はい。2枚ないし3枚ですけどね。

山崎 ええ!?

小沢 そうです(笑)。でも、破れたら破れたでそれはそれ。でも、僕は『ライフ』を1ヶ月で作ったから、1ヶ月半あればできるんで。あのね、出せないとしたら俺の理由じゃないって話もあります、とくに3枚目は(笑)。そしたらほかの人を恨んでください(笑)。誰を恨むんだよ。

山崎 曲はできてるんですか。

小沢 曲なんか掃いて捨てるほどありますよ。歌詞がないですが(笑)。正直に告白します。僕は歌詞を書くのが日本でいちばんぐらい遅いんです。世界でいちばんぐらい遅い。今ね、歌詞を先に書いてんですよ。歌詞があんまり書けないから。(pp.47-48)

 『球体』以降は、シングル中心のリリースとなり、アルバムは2002年の『Eclectic』まで作られなかった。この辺の心境の変化については未だ詳しく語られていない。

 

 4月号を読んでいて他に気になったのは、表3のところに広告が出ていた塩野健士というミュージシャンだ。「塩野健士 1968年生まれ 28歳 ’68年からずっと『NO』と言い続けてきた。断罪を続けてきた。先生はジョン・レノン、教科書はボブ・ディランだった」というすごいキャッチコピーがつけられている。茶髪で、熱帯魚がグラスの部分に張り付いている変な眼鏡をかけたヴィジュアルが、かなり印象的だ。広告が出ているぐらいなので、勿論タイアップのインタビューも掲載されている。

 それで、この人何がすごいかと言うと、ファースト・アルバム『NO』のレコーディングに新人ながら1年半かけているところだ(曲作りじゃなく、レコーディングだからね!)。しかもそのアルバムの一曲目の長さは、46分10秒。もう気が狂ってるとしか思えない。というか、メジャー(ビクター)でよくそんなことが出来たなという感じだ。まあ、ファースト・アルバムを出しただけで表舞台から消えてしまったようだが*1……  

 youtubeで彼の名を検索すると、「プログレ・シンガー・ソングライター」という肩書を名乗る本人と思しきアカウントが出てきた。『NO』全曲とそのデモ、あとは最近作った曲などが、大量にアップロードされている。動画には簡単なコメントがつけられており、ファースト・アルバム製作時の裏話や、その後のことについても少し説明されている。当時のキャッチコピーではジョン・レノンボブ・ディランの名が引き合いに出されていたが、曲自体はビーチ・ボーイズピンク・フロイドを想起させる。

https://www.youtube.com/watch?v=y_BniiFu_-g

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