「舞姫」を批判する男はモテるのか?

 森鴎外の短編「舞姫」は、教科書に掲載され、鴎外の作品の中で最も人口に膾炙したものだろうが、エリートの男が留学先で女を身勝手に捨てるという不道徳な内容から、発表当初より批判があり、また鴎外本人の身に起きたことを小説化していたため、小説・作家の両方が結びついたまま、現在も倫理的な側面から批判されることが多い。少し前にもツイッターで話題になっていた。

 俺のようなモテない人間からすると、この小説は「モテ自慢」にしか感じられず、まったく好きになれない。元不良の「昔はヤンチャしてた」という告白の不快さに近いものがある。文芸には、モテる男がひどい理由で女を捨て、それを懺悔・告白する、というような物がいくつかあって、例えば、トルストイの『復活』とかキルケゴール『誘惑者の日記』などだが、「舞姫」もこの系列に入るだろう。

 それで、俺は「舞姫」のことが嫌いだったのだが、それを誰かに言ったりもしなかった。言う相手や機会がなかったからだ。しかし、二年ほど前、ある出版社に就職試験を受けにいった際、「舞姫」について語る機会が初めて生まれたのだった。

 それは面接の待機中のことで、同じテーブルにいた早稲田の女の子が、話好きなのか、不安なのか、司会者の如く周囲の人間に順々に会話を振っていき、ぎこちなくコミュニケーションが進んでいた時に、確か小説の話になって、普段小説はあまり読まないという彼女が、「『舞姫』なら教科書で読んだ」と言ったのだ。

「俺は『舞姫』嫌いだな。あの主人公が」

「え、男の人で『舞姫』嫌いな人っているんだ。びっくりした」

 俺はここで少し得意になったことを覚えている。なぜなら、彼女が軽蔑している「『舞姫』的価値観」を否定することで、彼女のリスペクトを得られたと思ったからだ。童貞の俺は初めて女から「男」として認められたと感じた。

 大学三年の時、俺はフェミニズム関係の本を読み漁ったり、フェミニズムについての授業をとったりした。大学入学以来まったくモテなかった俺は、「女にモテないのは、女を知らないからだ」と考えたのだ。それで、提出するレポートなんかも、フェミニズムを取り入れたものが多くなった。成績はかなり良かった。「ここをこう書けば褒められる」というのがわかったからだ。フェミニズムというのは「理論」なので、ソフトのようにインストールできるのである。最初はある程度本気で書いていたのだが、段々「これは阿っているだけだ」と気付いた。それに、そういうこと書いたからといってモテるということもなかった。

 男がフェミニストであり続けることの難しさはここにある。つまり、「理論」と「現実」は、必ずしも一致しないのだ。実際、「女」といっても多種多様で、高学歴な女もいれば低学歴の女もいるし、言動がマッチョな男が好きな女もいれば、たんに性格の悪い女もいる。現代のフェミニズムはそのすべてに対応しているわけではなく、「高学歴」や「エリート」が理論の中心となっていることは否めないだろう。しかし、「女」であれば、当事者なのだから、フェミニストであり続けることはできる。だが、男のフェミニストは、「フェミニズムを理解する男」というメタ的な立場にしかなれない。性差別の問題において、男は常に加害者となるが、これを「理論」として飲み込めても、「現実」においては納得できない場面が絶対に出てくるだろう。

 それでも、積極的に「フェミニスト」を名乗る「男」はいるわけだが、それは「理論」の世界の中に閉じこもっているから出来ることで、そんな彼らの言葉には人間味というもの感じない。そこにあるのは歪な正義感だけだ。

 なぜ彼らがそんな風になったのかといえば、俺が「舞姫」を批判した時のように、そういった言動である種の女からの承認を得ることができたからか、もしくは、太田豊太郎のように女に対してひどいことをしたことがあって、その罪悪感からフェミニズムに走ったかのどちらかだと思う。

 フェミニストだからといって必ずしもモテるわけではないが、「優秀な少数派」として認知されれば、モテる機会は増えるだろう。エリートでありながらフェミニストというのが、恋愛市場において価値を生むのだ。その恵まれた立場に行きつくまでに様々な現実を通過しなければいけないはずだが、その辺は無視される。もし、フェミニストを名乗る男が急増すれば、フェミニストであることは意味を失うだろう。「少数派」であることが、男のフェミニストにとっては重要なのだから。

 結局のところ、「舞姫」を批判するだけでは、女からモテることはない。太田豊太郎のような人間だけが、フェミニストから認められる「フェミニスト」に変身できるのだ。

 

阿部一族・舞姫 (新潮文庫)

阿部一族・舞姫 (新潮文庫)

 

 

ノーベル文学賞はポルノがお嫌い

 小谷野敦の新刊『純文学とは何か』の冒頭だけを立ち読みしたのだが、そこに「村上春樹はなぜノーベル文学賞をとれないのか」とマスコミからよく聞かれると書いてあって、「通俗小説だから」というのが小谷野の答えで、モームグレアム・グリーンがとれなかったのも通俗小説と見做されたからだろうとしている。そこから純文学とは何かという方へ話が進むのだが、それはさておき、実際ノーベル文学賞を選考するスウェーデン・アカデミーが「通俗小説」に厳しいのは事実だろう(細かく言えば、通俗的な要素があっても「シリアス」であると認められれば、受賞の可能性は高まる。カズオ・イシグロスティーヴン・キングの差はそこにある)。

 文芸において「通俗的」とされる要素はいくつかあるが、スウェーデン・アカデミーが絶対に認めないのが「ポルノ」である。例えば、ヘンリー・ミラーウラジーミル・ナボコフノーマン・メイラーアルベルト・モラヴィアアラン・ロブ=グリエフィリップ・ロス辺りが受賞できなかったのは、彼らの作品が「ポルノ」的だと見做されたからだろう。ちなみに村上春樹も、『1Q84』が、『リテラリー・レヴュー』の「バッド・セックス・アワード」にノミネートされたことからもわかるように、「ポルノ」と見做す論調が強い。

 ノーベル文学賞はペンクラブの重要な役職についていると取りやすいとも言われていて、日本ペンクラブの会長を長く務めた川端康成とかは確かにそうだっただろうが、国際ペンの会長を務めたモラヴィアやペン・アメリカの会長だったメイラーは取っていない。千種堅の『モラヴィア』(中公新書)によれば、モラヴィアは、性を描く作家として有名で、特にペニスが主人公である『わたしとあいつ』という作品を書いてからは、「モラヴィア」=「ポルノ」という図式は揺るがなきものとなったようだ。メイラーは、「セックスは、おそらく十九世紀と二十世紀初期の小説家によってまだ掘りつくされないでいる、最後に残った開拓分野だ」(「六十九の問答」『ぼく自身のための広告』所収)と言っているぐらいなので、当然ポルノ的要素は強い。2007年には、『キャッスル・イン・ザ・フォレスト』で、「バッド・セックス・アワード」を受賞してしまった。川端がノーベル文学賞をとった時の対象作品は、『古都』、『雪国』、『千羽鶴』だが、『眠れる美女』が翻訳されていたら危なかったかもしれない。

 アニー・コーエン=ソランの『サルトル伝』からの孫引きになるが、アルフレッド・ノーベルは、「ヒューマニズム的「理想主義的傾向の」文学作品に受賞することを願っていた」らしい。

 

純文学とは何か (中公新書ラクレ)

純文学とは何か (中公新書ラクレ)

 

  

1Q84 BOOK1-3 文庫 全6巻 完結セット (新潮文庫)

1Q84 BOOK1-3 文庫 全6巻 完結セット (新潮文庫)

 

  

  

  

The Castle in the Forest: A Novel

The Castle in the Forest: A Novel

 

  

サルトル伝 (上) 〔1905-1980〕

サルトル伝 (上) 〔1905-1980〕

 

 

本当は怖い文学史

 文学史関係の本を読んでいると、気がつくことが一つある。それは、文学史というのが、作品の良し悪しというよりも、いわゆる「ゴシップ」の集積で出来ているということだ。文学史につきものの「論争」に関しても、そこに行きつくまでに、複雑な人間関係を経ていることが多い。「ゴシップ」を知ることで、作品の理解が深まることもある。ということで、僕がこれまで読んだ「文学」と「ゴシップ」にまつわる本で、強烈だったものを紹介しようと思う。

 

怖いゴシップ篇

 

アンヌ・ボケル エティエンヌ・ケルン『罵倒文学史 19世紀フランス作家の噂の真相

 怖い本である。19世紀フランスといえば、ユゴーバルザック、ゾラ、フローベールスタンダールジョルジュ・サンド、デュマ、ランボーといった錚々たる顔ぶれがそろった文学の黄金時代といっても過言ではないが、それだけに作家間の争いも半端ではなかった。「やられたらやり返す」。この時代、憎悪によって生まれた作品は数多い。

 例えば、バルザックの『谷間の百合』。1834年、批評家サント=ブーヴが、ユゴーの妻アデルとの恋愛を描いた『愛欲』という小説を出版した。日頃からサント=ブーヴを嫌っていたバルザックはこれを読んだ後、「あいつに仕返ししてやるぞ、『愛欲』を書き直してやるんだ!」とジュール・サンドーに向かって叫び、「奴をおれのペンで串刺しにしてくれようぞ!」と言った。そして、『愛欲』のプロットをそのまま借りて、『谷間の百合』を書いたのだった。

 このように、『罵倒文学史』には、19世紀フランス文壇の血で血を洗う争いが網羅されており、ゴシップ好きにはたまらない本となっている。 バルザック、デュマ、ユゴーについては、鹿島茂の『パリの王様たち』も面白かった。

罵倒文学史―19世紀フランス作家の噂の真相

罵倒文学史―19世紀フランス作家の噂の真相

 

 

佐伯彰一『自伝の世紀』

『罵倒文学史』のような激しさはないが、比較文学研究者らしく、西洋から日本まで話題が幅広い。佐伯は、1950年頃、ウィスコンシン大学でニュー・クリティシズムを学んだが、後に自伝や伝記を重視するようになり、文学史をゴシップ的に捉えたエッセイを数多く書くようになった。僕はそうした著作がかなり好きで、色々読んだが、『自伝の世紀』以外では、『批評家の自伝』、『わが愛する伝記作家たち』、『回想 私の出会った作家たち』、『作家伝の魅力と落とし穴』などもおすすめである。 

自伝の世紀 (講談社文芸文庫)

自伝の世紀 (講談社文芸文庫)

 

 

栗原裕一郎『盗作の文学史

 明治から現代に至るまでの、文学における「盗作」騒動を網羅した本。著者がまえがきで「盗作事件とは本質的にメディアの問題」と書いているように、「盗作」がいかにして「大事件」にまで発展していくのかを、詳細に分析している。ネットにありがちな、「盗作」を糾弾するような本ではない。

 文学とマスコミ、文学と著作権について知りたい人は、必読。

 ちなみに、僕が一番笑ったのは、作品だけでなく受賞の言葉まで盗作だったという、有城達二の事件。

〈盗作〉の文学史

〈盗作〉の文学史

 

 

神話解体篇

 

鹿島茂『ドーダの人、小林秀雄

 小林秀雄といえば、かつては「批評の神様」のような存在で、今でも信奉者は少なからずいる。80年代には、彼の文章が入試でよく使われ、丸谷才一が批判するということがあった。

 鹿島茂丸谷才一と立場が近い人で、そんな彼が、小林秀雄の「ハッタリ」を東海林さだおの「ドーダ」という概念を用いて、批判的に解説したのが本書である。

 本書から小林のハッタリの例を一つ抜き出してみる。例えば、『文藝春秋』で連載された文芸時評「アシルと亀の子」。この「アシル」とは一体何なのか。実はこれ、ギリシャ神話の「アキレウス」をフランス語風に綴ったAchilleのことで、「アシルと亀の子」は、「アキレウスと亀」ということになる。「アキレウス」でよいところをわざわざ「アシル」と書く。これが小林のハッタリなのだ。 

ドーダの人、小林秀雄 わからなさの理由を求めて
 

 

呉智英吉本隆明という「共同幻想」』

 批評家で大きな影響力を持ったと言えば、吉本隆明もそうだろう。小林と同じく、ハッタリが多かったという点でも両者は似ている。

 鹿島のところで小林の外国語を用いたハッタリを取り上げたが、吉本隆明にもまったく同じハッタリがある(「永遠の吉本主義者」を名乗る鹿島茂も、そのことには気づいていると思うのだが)。「マチウ書試論」である。ここで吉本は、「マタイ伝」を「マチウ書」、「イエス」を「ジュジュ」という風に、フランス語風に置き換えているのだ(ただし、それを徹底しているわけではない)。「フランス語版聖書をテキストにしたから」というのがその理由らしいが、わざわざ分かりにくい表記を選ぶ神経が理解できない。

 吉本には造語癖のようなものがあり、それが彼の文章を著しく難解にしているのだが、呉智英はそのことについて、文庫版の「補論」でこう書いている。

吉本隆明のこうした造語癖は、小林秀雄のような衒学的な難解趣味とは、似ていながら違っている。本文で私は、吉本は『天然』だと書いた。つまり巧んでいない。しかし、『天然』は『病気』のすぐ手前である。病気は仮病でない限り、巧んでいない。吉本は天然どころか病気の領域に入っている可能性がある。そこが天然よりなお一層、信者を惹きつける」

 吉本の特殊な言語感覚は「病気」から来ているのではないかと推論した「補論」は、文庫版にしか収録されていないので、今から読むとしたら文庫がおすすめである。 

 

夏目伸六『父・夏目漱石

 タイトルの通り、夏目漱石次男である伸六が書いた、父・漱石とその周辺にまつわるエッセイ集。

 漱石が精神的に不安定な人であったということは、英国留学で「発狂した」というエピソードや、『行人』のなかの不安神経症を描いた部分からある程度推測できるが、実際はどうだったのかというと、やはりヤバイ人なのである。

 漱石は病的な癇癪持ちだった。それが原因で家族に対し暴力を振るうこともあった。伸六がまだ小学校に上がらない頃、兄と漱石と三人で散歩にでかけた。三人は見世物小屋に入り、兄と伸六は射的をやりたいとねだった。しかし、二人は急に恥ずかしくなって、父親の二重外套の袖に隠れようとした。子供らしい行動だ。だが、次の瞬間、漱石は「馬鹿っ」と大喝すると、伸六を打っ倒し、「下駄ばきのままで踏む、蹴る、頭といわず足といわず、手に持ったステッキを滅茶苦茶に振り回して、私の全身へ打ちおろ」したのだった。

 こういった漱石の負の側面についてはなかなか語られないので、伸六のエッセイは貴重である。 

父・夏目漱石 (文春文庫)

父・夏目漱石 (文春文庫)

 

 

才能の浪費篇

 

宮崎かすみオスカー・ワイルド

 オスカー・ワイルドといえば、「私は人生にこそ精魂をつぎ込んだが、作品には才能しか注がなかった」と嘯いただけあって、破天荒な人生を送ったことで有名である。そもそもこの人、デビューする前からデビューしてたというか、奇抜な服装とウィットに富んだ会話で、作品を書く前から社交界の有名人となっていたのであった。それだけに、創作意欲は他の文豪たちと比べればはるかに少なく、残した作品もあまり多くない。長い作品となると『ドリアン・グレイの肖像』を除けば、ほぼ皆無である。文才はあったが、それを活かす気力がなかった。

 ワイルドがその人生において最も危機的状況に陥ったのは、例の同性愛裁判であるが、実はワイルドにはフランスに逃げるという手段が残されていた。しかし、彼はなぜか逃げなかった。そして、裁判が始まり、監獄入りということになるのだが、ワイルドはあえて破滅の道を選んだのではないかと、本書を読んで僕は思った。消極的な自殺だ。出獄後のワイルドはほとんど抜け殻のようになり、貧困のまま世を去るのだが、訴えられた時点で、自分の行く末を悟ってしまったのではないだろうか。ワイルドを殺したのはワイルド自身だ。「あらゆる男は愛する者を殺す」とワイルドは『レディング牢獄のバラッド』で書いたが、これはダグラスとの関係だけでなく、自分自身のことを指しているようにも見える。 宮崎は、ワイルドは監獄に入って初めて「大きな主題」を手に入れたと書いている。

 

小谷野敦久米正雄伝』

 久米正雄というともはや文学史の中の遺物という感じがする。名前だけは知っているが作品についてはまったく知らない。本書を読んで、久米の人生や作品を知ったわけだが、「もったない人だな」と思った。

 久米が忘れられたのは、戦争への協力と通俗小説の濫作にあるのだが、才能がなかったわけではない。一高時代から文才を発揮し、若い頃は、芥川や菊地と切磋琢磨していたのだ。それが徐々に堕落し始め、つまらない小説しか書けなくなっていく。

 本書の後半では、久米がいかに駄目になっていったかということが、綿々と綴られている。ワイルドと同じく、「才能を生かすにも才能が必要」ということを実感させられる。 「つまり、藝術家肌、天才肌、文士気質といったものを悉く欠落させて、ただ文章の才能だけがあると、こういうものが出来上がるという見本のような、自分で言う通り間違って作家になった人だったのである」というのが全てだろう。

久米正雄伝―微苦笑の人

久米正雄伝―微苦笑の人

 

 

ジョン・ネイスン『三島由紀夫 ある評伝』

 三島もまたその才能の使い方において、おかしな方向へ向かった人だ。戯曲や通俗小説で発揮した絢爛さは、純文学の世界では人工的すぎた。また、作家としての度胸にも欠けていたように思われる。三島は装飾を凝らした壺のようなもので、中身は空っぽだった。空っぽだからこそ、見える部分にこだわったのだ。

 三島が自決した時、母倭文重は、「公威がいつもしたかったことをしましたのは、これが初めてなんでございますよ。喜んであげて下さいませな」と弔問客に言ったという。

 また、三島の弟は、三島について「いつも存在しようとしながら存在できなかった」と言ったらしいが、本書を読むと、それらの意味がよくわかる。かなり物悲しい伝記である。 

三島由紀夫―ある評伝

三島由紀夫―ある評伝

 

 

壮絶篇

 

A・E・ホッチナー『パパ・ヘミングウェイ

 ホッチナーは『コスモポリタン』の記者を務めていたことがあり、その縁で、ヘミングェイと親しく付き合うようになった。そんな彼が、ヘミングェイとの出会いから自死、そして、その後に起きたトラブルまでを書いたのが本書である。

 何と言っても凄まじいのは、ヘミングェイの精神病が悪化していく様子だろう。とにかく猜疑心が強くなり、誰も信用しなくなっていく。盗聴や追跡されているという妄想がひどくなり、精神病院に入院し、電気ショックを受けるが、効果はない。最後の方は、自殺未遂のオンパレードで、ショットガンで頭を吹き飛ばそうとしたり、飛行機から飛び降りようとしたり、回っているプロペラに突っ込もうとしたり、と気が滅入ってくる描写が次々と出てくる。ただ、晩年のヘミングェイを知る上では貴重な資料だろう。ヘミングェイの息子が書いた『パパ―父ヘミングウエイの肖像』も必読。 

パパ・ヘミングウェイ〈上〉 (ハヤカワ文庫NF)

パパ・ヘミングウェイ〈上〉 (ハヤカワ文庫NF)

 

 

谷沢永一『回想 開高健

 開高の友人であった著者が、若き日の開高との思い出を綴った一冊。「彼の一生は、脱出をモチーフとする疾走だったと思われる」という文が示すように、後に若者の兄貴分として人気者になった彼の、鬱屈とした裏側を的確に描写している。

 同人誌時代、牧羊子との結婚、寿屋、芥川賞……。華やかに出世していく中でつきまとう暗い影。開高は「忖度してあつかわれることを欲した」人だった。自分からは何も言わず、限界がくるとどこかへ去ってしまう。あの旅行癖は、厭人癖に基づくものだった。谷沢も途中から開高とは疎遠になる。

 開高は1989年に死ぬのだが、その前後のことを描写する谷沢の筆致は異常である。文章が細切れで、必死に絞りだして書いたかのようだ。虚無感と悲哀が一緒くたに表現されている。そして、谷沢は最後にこう書いた。「その、開高健が、逝った。以後の、私は、余生、である」 

回想 開高健

回想 開高健

 

 

吉村昭『私の文学漂流』

 歴史小説家として知られる吉村昭の自伝。吉村は元々純文学志望で、芥川賞に4回もノミネートされたが、結局取ることができず、作品の売り上げも悪く、作家としては完全に伸び悩んでいた。妻の津村節子芥川賞を受賞した時は、ある人から「あなたは事業家の才能があるのだから、お兄さんの会社の重役でいいじゃないの。小説は、奥さんにまかしといてさ」とも言われた。「賞と縁がなかった人が、いつの間にか消えてしまった前例をいくつも知ってい」るだけに、絶望も深い。

 最も残酷だったのが、第46回芥川賞候補になった時で、日本文学振興会の人間から受賞を告げられ会場に向かったら、間違いだったことが判明した時だ。二作受賞で議論が進んでいたのが、最後の最後で宇能鴻一郎一人に決まってしまったのだった。

 執筆活動が停滞した時期もあったが、吉村は書き続け、40手前で、『戦艦大和』と太宰治賞に応募した『星への旅』で再浮上する。吉村は念願かなって、筆一本で食べられるようになった。新宿の鮨屋で吉村が「なんとか作家としてやってゆけるんでしょうかね」と編集者に訊ね、「なんとかなったかもしれないな」と編集者が答えるところで本書は終わっている。 

私の文学漂流 (ちくま文庫)

私の文学漂流 (ちくま文庫)

 

 

西舘好子『修羅の棲む家』

 井上ひさしといえば、日本を代表する劇作家で、知識人としての活動も旺盛に行った人だが、彼が強烈なDV人間だったことはあまり語られない。西舘は井上の最初の妻であり、初期の井上の活動を献身的に支え、マネージャーのような役割を担っていた。

 直木賞を受賞して流行作家になった井上のもとには執筆依頼が殺到した。しかし、井上は自ら「遅筆堂」を名乗るほど書くのが遅く、舞台が公演中止になったこともあった。

 そんな井上には、机に向かうための「儀式」があった。それは妻好子を殴ること。編集者たちはそれを知っていて、好子に向かい「奥さん、申し訳ありません。もうリミットぎりぎり、(原稿を)今夜までにいただかないとアウトなんですよ。お願いですから、二、三発殴られてもらえませんか」と頼むのだった。

 井上は幼いころ孤児院に預けられていたことがあり、そこでつらい思いをしたことが人格の形成に影響を与えたようだが、それにしても井上の根性の曲がり方はひどすぎる、というのが本書を読んだときの感想である。 

修羅の棲む家―作家は直木賞を受賞してからさらに酷く妻を殴りだした

修羅の棲む家―作家は直木賞を受賞してからさらに酷く妻を殴りだした

 

 

能年玲奈は何になりたいんだろう

 たまに、能年玲奈のニュースを目に入れると、「この人は何になりたんだろう」と思うことがある。彼女が事務所と揉めて、干されたと話題になった時、ファンは女優業の継続を願っていた。その後、アニメ映画『この世界の片隅に』で声優を務め、口コミで映画がヒットした時は、皆がそれを喜んだ。能年の評価も高く、彼女のキャリアは、そのまま続いていくかに見えた。

 ところが、彼女は「創作あーちすと」と名乗り、美術活動を始める。そして、美術手帖の表紙(2017年2月号)を飾ると、その二か月後には美術活動の成果をまとめた本を出版した。この動きに対しては、批判もあった。特に「創作あーちすと」という変な肩書に向けて。

 そのうちに今度は音楽活動を始めた。LINEのCMでキリンジの「エイリアンズ」を歌うと、レコード・レーベルを立ち上げ、9月にサディスティック・ミカ・バンドとRCサクセションのカバーを収録したシングルをリリースするらしい。

 何が言いたいのかというと、「創作あーちすと」とか歌手活動といった一連の芸術行為が、僕の目には、テレビ業界と対立した能年が、別の業界の人間によって「文化系の女神」として担ぎ出されているというようにしか見えないということだ。

 そもそも、美術活動にしても、音楽活動にしても、「あさ~く片足を突っ込んでいる」だけにしか思えないのだが。「創作あーちすと」という肩書が非難を呼んだのは、彼女が本気でそれに取り組んでいる──真正面から評価を問われる覚悟がある──ように見えなかったからだろう。「自分が芸術家じゃないのわかってますから。あんまり真面目に捉えないでね」みたいな言い訳が、そこには厳然としてあった。それなのに、実力よりも知名度先行で美術手帖の表紙を飾ってしまい、本まで出る。反発が起こるのは当然だろう。

 音楽活動で気になるのは、カバーの選曲だろうか。キリンジサディスティック・ミカ・バンド、RCサクセション……。なんというか、サブカル業界人のカラオケの持ち歌みたいな選曲なのだが……。能年って、この辺の曲に思い入れあるの? 業界人がしたり顔で、「能年にキリンジ歌わせたら面白いと思うんだよなぁ」みたいな光景が僕には浮かぶ

 結局、能年は業界の人間の「入れ物」みたいになってるんじゃないだろうか。「あれやらせてみよう」「これやらせてみよう」みたいな感じでブレーンが提案し、能年はそれに乗っかているだけという構図。そこで思い出されるのが、小泉今日子。彼女もまた、業界人の手によって作られた文化系のアイドルだった。そのことは、宮崎哲弥が「『小泉今日子の時代』の終焉」(『正義の見方』所収)で詳しく分析している。恐らく、能年を持ち上げている業界人たちは、彼女を第二の小泉に仕立て上げたいのだろう。

 もしくは、能年に携わっている人たちは、「俺が能年を助けなきゃ」みたいな義務感にかられているのかもしれない。それはある意味で、能年が自立していないことを意味する。「助けたい」と思うのは、彼女がまだ未熟だからだ。そこに、例の騒動も加わって、能年に関しては「批判禁止」的な空気が漂っている。そのことがかえって、彼女を「虚像」化させているようにも思える。まあ、業界人からしたら、「虚像」でいてくれたほうがいいのかもしれないが。彼らは、中身じゃなくてイメージを売っているだけだから。

 ジョン・ライドンマルコム・マクラーレンから独立したように、彼女も独り立ちする時がくるのだろうか。そもそも、彼女って何になりたいんだろう?

 

 

創作あーちすと NON

創作あーちすと NON

 

  

タイムマシンにおねがい/I LIKE YOU (7インチ・アナログ) [Analog]

タイムマシンにおねがい/I LIKE YOU (7インチ・アナログ) [Analog]

 

  

正義の見方 (新潮OH!文庫)

正義の見方 (新潮OH!文庫)

 

  

ジョン・ライドン 新自伝 怒りはエナジー

ジョン・ライドン 新自伝 怒りはエナジー

 

 

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DVD化してほしい映画たち

 少し前に、テレビで放映予定の未DVD化作品をツイートするツイッター・アカウントを作った。未DVD/廃盤/レア映画を観る方法 (@rare_movie) | Twitter

 衛星放送に加入していれば、結構未DVD化作品を観ることができる。特に、東映チャンネルとかザ・シネマなんかは、貴重な作品を放映していることが多いのでよくチェックしている。

 それでも観たい未DVD化作品はたくさんある。僕がDVD化を希望する作品をちょっと挙げてみる。簡単なリストはこっちにもあげた。

 

ミルトン・カトセラス監督『バタフライはフリー』 

 喜劇女優として有名なゴールディ・ホーンが主演の映画。アイリーン・ヘッカートが72年アカデミー最優秀助演女優賞を受賞。なぜか一度もソフト化されていない。

Butterflies Are Free

Butterflies Are Free

 

 

アラン・A・ゴールドスタイン監督『トゥルー・ウェスト』

 サム・シェパードの戯曲を、『狼よさらば 地獄のリベンジャー』のアラン・A・ゴールドスタインを監督にして映像化。PBSのテレビ番組『アメリカン・プレイハウス』で放映された。

『本物の西部』というタイトルだが、現代劇で、ある兄弟の争いを描いている。ジョン・マルコヴィッチの演技が評価されているようだが、アメリカでもVHSでしか出ていない。シェパードの戯曲が映像化されたのはこれが初めてである。

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ラオール・ウォルシュ監督『裸者と死者』

ロバート・ギスト監督『殺しの逢びき』

ローレンス・シラー監督『死刑執行人の歌』

ノーマン・メイラー監督『メイドストーン』『ビヨンド・ザ・ロウ』『ワイルド90』『タフガイは踊らない』

 全てノーマン・メイラー関連。『裸者と死者』はノーマン・メイラーの文壇デビュー作にして、ベストセラーとなった戦争小説を映画化したもの。アノポペイという架空の島で、日本軍とアメリカ軍が戦う。メイラーは第二次世界大戦に兵士として参加しており、実際に日本軍とも戦った。

『殺しの逢びき』は、メイラーの小説『アメリカの夢』を映画したもの。監督は俳優として知られるロバート・ギスト。小説はメイラーの性的オブセッションを複雑な文体と通俗的な筋で描いた滅茶苦茶な代物だが(ただ、僕は彼の小説の中で一番好きだ)、映画はB級ギャング映画になっているらしい。IMDBでも点数が低い。映画化時のタイトルは『See You in Hell, Darling』だったが、ビデオ化の際『An American Dream』に戻った。

『死刑執行人の歌』は、メイラーがカポーティに対抗して書いたノンフィクション・ノベルを、テレビ映画化したもの。ゲイリー・ギルモアの事件を扱っている。シナリオもメイラー本人が書いた。主演はトミー・リー・ジョーンズ。ただ、現在アメリカで販売されているDVDは、ディレクターズ・カットと称し、オリジナルから30分以上も短くなっているらしく、評判が悪い。

 ノーマン・メイラーは一時期、自らがメガホンをとり実験映画のようなものを撮っていた。残念ながら彼が監督した映画は全て評価が低く、Youtubeでは「珍シーン」のような形で一部が晒されている(しかし、5年前にクライテリオンから初期の三作品をまとめたボックスが発売された)。そして、『タフガイは踊らない』に至っては、ラジー賞の最低監督部門を受賞。僕はそれを二年前にシネマート新宿で観たが、面白くない映画だった。それでもDVDが出るなら、買いたい。 ちなみに音楽は、リンチ作品で有名なバダラメンティである。

The Naked and the Dead [VHS] [Import]

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American Dream [DVD] [Import]

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The Executioner's Song

The Executioner's Song

 

  

MAIDSTONE & OTHER FILMS BY NORMAN MAILER

MAIDSTONE & OTHER FILMS BY NORMAN MAILER

 

  

Tough Guys Don't Dance [Import USA Zone 1]

Tough Guys Don't Dance [Import USA Zone 1]

 

 

アーネスト・リーマン監督『ポートノイの不満』

 フィリップ・ロスのベストセラー小説『ポートノイの不満』を映画化したもの。監督は『成功の甘き香り』や『サウンド・オブ・ミュージック』などの脚本に携わったアーネスト・リーマンIMDBではかなり点が低い。原作は、主人公のポートノイが露悪的なまでに愚痴を(精神科医に向かって)しゃべり続けるという体裁をとっていて、ストーリーよりも語り口で評判を集めたのだが、映画ではどう処理をしているのだろう。ちなみに、ロス原作だと他に、『さようなら、コロンバス』、『エレジー』、『白いカラス』などが ある。

 

ジョン・ヒューストン監督『禁じられた情事の森』『火山のもとで』『賢い血』

 ジョン・ヒューストンの文芸映画。『禁じられた情事の森』はカーソン・マッカラーズ、『火山のもとで』はマルカム・ラウリー、『賢い血』はフラナリー・オコナー。『禁じられた情事の森』と『『火山の下』は一度VHSになっているが、DVDでも出してほしい。まあ、『情事~』は「珍品」 として有名なのだが。

禁じられた情事の森 [VHS]

禁じられた情事の森 [VHS]

 

   

火山のもとで [VHS]

火山のもとで [VHS]

 

  

Wise Blood [DVD] [Import]

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フォルカー・シュレンドルフ監督『セールスマンの死

ブリキの太鼓』のシュレンドルフが、アーサー・ミラーの戯曲をテレビ映画化。主演はダスティン・ホフマンで、ゴールデン・グローブ賞も受賞した。 

セールスマンの死 [VHS]

セールスマンの死 [VHS]

 

 

シドニー・ルメット監督『グループ』

 メアリー・マッカーシーの同名小説を映画化したもの。小説がかなり良かったので、映画も気になる。ルメットは『質屋』のDVD化も望まれているだろう。

グループ [VHS]

グループ [VHS]

 

 

リチャード・クワインアレクサンダー・マッケンドリック監督『おおパパ、かわいそうなパパ、あんたをママが戸棚につるしたんで、ぼくは悲しくてしようがないよ』

  劇作家アーサー・コピットの戯曲を映像化したもの。植草甚一が『アメリカ小説を読んでみよう』の中で、コピットのことを紹介していて知った。植草曰く「コピットの特色は滑稽なシチュエーションから恐怖を生みだし、辻褄の合わない台詞の連発で舞台を混乱におとし込むことにある」とのこと。すごいタイトルだが、どんな映像になっているのか。 

Oh Dad Poor Dad Mama's Hung You in Closet [VHS] [Import]

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ジャック・ニコルソン監督『ドライヴしろ、と彼は言った』

 ジャック・ニコルソンの初監督作品。これも植草が『アメリカ小説~』の中で原作を紹介していて知った。原作はジェレミー・ラーナーという作家の処女作だが、実験小説らしく、「ぼくにはとうとうお手あげになった」と植草は書いている。一応、大学のバスケットボールの選手が主人公で、ヒップだとかスクエアだとか、そういうことがテーマになっているようだ。 

DRIVE HE SAID

DRIVE HE SAID

 

 

 

クレイグ・ブロンバーグ 『セックス・ピストルズを操った男 マルコム・マクラーレンのねじけた人生』

 マルコム・マクラーレンといえば、セックス・ピストルズを作った男であり、パンクを金になるメイン・カルチャーにまで押し上げた男だ。しかし、これほど毀誉褒貶が激しい人間もそういない。彼と仕事をした人間は、例外なく彼を嫌う(ジョン・ライドンとは裁判で何年も戦った)。子供も大人も分け隔てなく騙した彼は、「詐欺師」とみなされるようになった。本書も、マクラーレンの裏側について細かく探っている。

 マクラーレンは元々アート・スクールに通う美大生だった。その頃から地道に絵を描くよりかは、イベントを企画したり、派手なパフォーマンスをしたりするほうを好んだ。時代は60年代後半。政治運動が学生の間で盛り上がり、過激な主張が受けた。流行に乗っかる才能を持つマクラーレンは、政治にさほどの興味はなかったが、デモには参加した。彼はデモのエネルギーや力のあるスローガンに惹かれた。「破壊」「混乱」は彼の生涯にわたるテーマになった。しかし、それは後にトラブルのもとにもなるのだった。

 マクラーレンは70年に入る頃、ヴィヴィアン・ウエストウッドと組んで、「レット・イット・ロック」(後「トゥー・ファースト・トゥ・リヴ、トゥー・ヤング・トゥ・ダイ」に改名)という名の洋服店を始めた。二人はテディー・ボーイズと呼ばれていた若者たちに向けて洋服を作り、徐々に知名度を高めていった。中産階級出身のマクラーレンは「ロックンロールの底辺にいる子供たちをできるだけ意識的にターゲットにした」。

 仕事でニューヨークを訪れたマクラーレンは、ニューヨーク・ドールズと出会った。ドールズはファッションから演奏まで、すべて「ガキ」向けのものだった。ロンドンに戻ったマクラーレンはロック・バンドのマネージャーになることを考え始める。もちろん、プロデュースするのは、「ガキ」のためのロック・バンドだ。

 ドールズと実際に仕事をしたマクラーレンは、自分のアイデアを実現すべく、「トゥー・ファースト・トゥ・リヴ、トゥー・ヤング・トゥ・ダイ」から「SEX」と改名した洋服店に集まってきた若者を、「反抗的なロック・グループ」の一員にしたてあげる。それがセックス・ピストルズとなった。

 マクラーレンは演奏の質には一切こだわらなかった。いや、むしろ下手であればあるほどよかった。バンドは練習やライブで腕を上げていったが、マクラーレンは「ピストルズがまともにプレイできるということを、知られたくなかった」。「マクラーレンにとって、セックス・ピストルズは混乱の象徴であり、それ以外には何の意味もなかった」。

 マクラーレンの主義・主張の全てが前述の引用に表れている。マクラーレンはとにかく、混乱を引き起こし、社会をかき乱せればそれでよかった。彼は社会を馬鹿にするアイデアをいくつもひねり出した。口の上手い彼は、初対面の相手でさえも巧みな話術で自分の陣営に引き込んだ。そうして集まった優秀な人間たちが、彼のアイデアを実行した。洋服店もヴィヴィアンがいなければ形にならかっただろうし、バンドもカリスマ性ンあるロットンや作曲のできるマトロックがいたからこそ成り立ったのだ。ソロ・アルバム『ダック・ロック』も、トレヴァー・ホーンという優秀なプロデューサーがいたからこそ(何しろ、マクラーレンはリズム感がゼロで、ホーンが彼の胸を叩いて合図を出さなければいけなかったほどだ)。マクラーレンが自分の「手」を使って何かを生み出したということは、学生を辞めて以降ただの一度もない。彼にできるのはアイデアを出すということだけだった。彼の武器は「口」だけだったのだ。

 マクラーレンのアイデアのいくつは間違いなく優れたものだった。特に彼はイメージや雰囲気を作り上げる能力に長けていた。ヴィヴィアンの洋服は、マクラーレンのアイデアがなければ生まれていなかっただろう。

 マクラーレンの最大の欠点は、プロジェクトを継続させることができないという点だ。ピストルズでもそうだったが、あるイメージが固まり始めると、彼はそれを壊さずにはいられなくなってしまうのだ。これはもう性癖といっていいかもしれない。「破壊」というコンセプトのもと始めた諸々のプロジェクトは、最終的にマクラーレン自身がプロジェクトの内部を「破壊」して終わることになった。だから、彼の立ち上げたプロジェクトは、成功・失敗に関わらず全て短命で終わっている。マクラーレンには、事務処理能力が著しく欠如していた。彼にとって人間とは、自分のために働く「駒」でしかなかった。そして、最後まで彼は、他人が自分に反抗するのかわからなかった。

 マクラーレンの「口」が一切通用しなかった世界が一つだけある。映画だ。マクラーレンは80年代の中頃、CBSに雇われて映画の製作に携わった。マクラーレンの「口」は最初様々な映画人を魅了したが、あまりにも行き当たりばったりすぎたので、計画はとん挫した。これが音楽ならば無理やり強行することもできたのかもしれないが、映画は関わる人の数と費やすお金が桁違いで、一人や二人説得したぐらいではどうにもならなかった。

 そして、マクラーレンが実は事務能力に欠けているということに気付いた映画人たちは、次々と彼のもとを去った。ほとんどが喧嘩別れだ。こうしてマクラーレンは再び音楽の世界に戻り、ロックとオペラを融合するといったコンセプトをでっち上げたりしたが、流行の最先端に戻ることは不可能だった。

 マクラーレンは行動の結果だけ見ると、「詐欺師」のように見える。しかし、彼は本物の「詐欺師」と違い、綿密な計算をしていたわけではない。すべては彼の幼稚な性格と金儲けに対する嗅覚が、くっついたことに起因している。彼は「詐欺師」としてはあまりにも子供すぎた。だから、信用を失うことと人を魅了することが、表裏一体となっていたのだ。

 マクラーレンが我々に言いたかったこと。それは「混乱はカネになる」ということだけだ。

 

セックス・ピストルズを操った男―マルコム・マクラーレンのねじけた人生

セックス・ピストルズを操った男―マルコム・マクラーレンのねじけた人生

 

  

ジョン・ライドン 新自伝 怒りはエナジー

ジョン・ライドン 新自伝 怒りはエナジー

 

 

 

批評と流行

 マニア=オタク=批評家がにわかファンを駆逐し、流行していたものを衰退させる、という意見があるが実際は違うと思う。本当に人気のある物に対しては、批評家は完全に無力である。

 例えば、ローリング・ストーンズやポール・マッカトニーには、ものすごい知識量のオタク・ファンがついているが、コンサートはいつでも超満員だ。つまり、批評家が幅を利かせることができるのは、人気が出始める前と、人気に陰りが見え始めた後ということになる。批評に影響されるということは、それそのものが、非常に不安定な立場にあるということだ。不安定だから、批評で押し上げることもできるし、蹴り落とすこともできる。ただ、人気に火がついたら批評では止めることができないし、一度坂を転げ始めたら、それを押しとどめることも批評にはできない。15年以上経って、リバイバルということはあるが。

 批評の影響というのは、皆が思っているほど大きなものではないが、気にする人は気にするので、そのおかげで今でも雑誌やWebに批評が掲載される。まあ、ネガティブなものは数十年前と比べて激減した。今は、そういうものは個人ブログかamazonレビューでしか書けなくなっている。批判的な意見が、芸術を活性化させることもあるのだが。もっと言えば、批判で沈むくらいものは、九割がその程度でしかなかったともいえる。

 

文芸時評―現状と本当は恐いその歴史

文芸時評―現状と本当は恐いその歴史

 

批判も載せていた新聞の文芸時評が、七〇年代頃から褒め批評一辺倒になっていく過程を実証した本。