小説家で打線を組んでみた

「〇〇で打線を組んでみた」という、5ch(特になんj)でよく使われているネタがある。野球を知らない人には、細かく説明しても無駄だろうから、本質的なことだけをかいつまんで言うと、野球のルールとセオリーを異分野に適用し、その中でどれだけ突っ込まれない程度に独自の発想を織り交ぜることができるか、というセンスが試される遊びなのだ。

  ニコニコ大百科(仮)の記事を見ると、この遊びの起源が、『中井正広のブラックバラエティ』というテレビ番組になっていて、5chで流行ったきっかけはそれなのかもしれないが、野球の歴史から考えて、同じようなことを考えた人間がそれ以前にもいたであろうことは容易に推測できる。そして、実際、文学の分野で同じことをしているケースを2件見つけたので、紹介しよう。

 

十返肇「文壇最強チーム」

 

 別册文藝春秋1963年第84号では、「文壇オールスター戦」という企画を組み、石原慎太郎司馬遼太郎、 源氏鷄太、松本清張柴田錬三郎ら流行作家の小説を、各100枚ずつ掲載しているのだが、その企画の一環として、寄稿した作家たちを、野球のチームになぞらえ、打順を組んでいるのだ。タイトルは「文壇最強チーム」。解説は軽評論家として知られた十返肇。十返はこの年に死んだ。

 また、解説だけでなく、作家本人に「BUNSHUN」というロゴの入ったユニフォームまで着せ、屋外でグラビアまで撮るという力の入れよう。しかし、このユニフォームだと、文藝春秋新社のチームに見えてしまうが、第84号に書いた作家だけがこのゲームの対象だから仕方ない。

 

1番 遊撃手 石原慎太郎(1955年下半期・芥川賞

変幻自在、身も軽く、ココと思エバ、マタアチラというのが石原ショートの身上である。守備範囲の広さは文壇チーム随一といえよう。今に大きいトンネルでもやりそうに見えて、案外抜からず、得意の左打ちには棒ダマを強引に外野へ叩き出すリキがあって、油断のならぬ一発屋である。ただしホームランかと思えば大飛球に終る場合も多い。学生チームからスカウトされて今年でプロ入りすでに八年目。いつの間にやらシンタローも、すっかり貫禄がついちゃったねえ。 

 

2番 右翼手 司馬遼太郎(1959年下半期・直木賞

いま流行の忍者型打法を最初に身につけたのが、この司馬選手である。一見動きが少いようにみえながら、データを調べてみると意外に出塁率が高く、三振の少いことでも注目される。強打はしないと見せかけておいてピッチャーの裏をかく上方作戦は、近ごろ東京のファンにも歓ばれているようだ。鈍足ながら常に全力疾走をする真面目さが、ネット裏での評判をよくしていて、このところ成長株として買われている。燃えよ、バット!

 

3番 一塁手 源氏鶏太(1951年上半期・直木賞

以前はサラリーマン兼作家という二本足打法だったが、作家ひとすじの一本足打法に切りかえてから打撃に円熟味が加わってきた。デビュー当時のような、場外ホームランは見られなくなったが、依然として長打力をもち、必ず二塁には進むから、そのアベレージは驚異的なものがある。ファンの層は中年サラリーマンからBGに及び、東京丸ノ内での人気は圧倒的であり、球団では次期監督候補の有力者とみなしているそうである。

 川口則弘直木賞物語』には、源氏の作風が大衆文芸の王道を行くがゆえに、 直木賞を二度も落選した、ということが書いてあって興味深かった。

 

4番 三塁手 松本清張(1952年下半期・芥川賞

誰です? 文壇チームにも黒人選手がいるのかなんて失礼なことをいうのは! これぞここ数年来、打点王の座にある不動の四番打者、いうなれば文壇チームの長島君(ママ)である。松本選手ひとたびバッター・ボックスに立つや球場は強烈な黒のムードにつつまれ、大観衆はわけもなく熱狂する。平野謙解説者によれば、「マツモトの出現で野球は変質した」とさえいわれる。推理リーグでは三冠王を獲得したが、文壇リーグでは果たしていかに?

「マツモトの出現で野球は変質した」というのは、平野謙が「朝日新聞」(1961年9月13日)に寄せた「「群像」十五周年によせて」という文章に端を発した、「純文学論争」を意識したものだが、「マツモトの出現で野球は変質した」に近い言葉は、平野の文芸時評や論争になった文章の中には見つけることができなかった(俺の探し方が甘いだけかもしれいないが)。

 

5番 中堅手 柴田錬三郎(1951年下半期・直木賞

一体ヤル気があるんだか、ないんだか判らぬような顔をしながら、いつの間にやら円月殺法で打率をかせぐ居眠り型選手である。得意はライト流し打ちで、盗塁もうまく、痩顔よく走り、実は、なかなか眠っても狂ってもいないのである。ながらく二軍できたえられただけあって、ド根性は逞しく、プロ意識に徹している。「いや、もう限界です。アキマヘン」などといって、時々報道関係者をだますクセがあるから用心をしなければならない。

 大村彦次郎の『文壇栄華物語』には、「戦争末期、二度目の応召で南方ハルマヘラ島へ赴く途中、バシー海峡で敵潜水艦の魚雷に遭い、乗っていた輸送船が沈没、乗組員の九割以上が行方不明になるという悲劇に見舞われた。七時間余漂流したあと、柴田は奇跡的に駆逐艦に救助され、危篤のまま広島の宇品港へ送還された。このときの生死体験はその後の柴田の生き方に大きな影響与えた。柴田にはどこか虚無的で、シニカルな表情がこの頃から目立った」と書かれている。  

 

6番 左翼手 水上勉(1961年上半期・直木賞

終戦直後はセミ・プロ私小説球団にいたが、その後しばらくバットを持つ機会から遠ざかっていたのが、三年前にスカウトされるや、第一打席でお寺の屋根へ場外ホーマーをかっ飛ばし、いきなりスター選手になった。吉田健一解説者に「このホームランで水上クンは国際級の世界選手の仲間入りをした」と激賞された。最近、「五番町夕霧楼」で逆転満塁ホーマーを放ち、その健在を証明した。小軀ながら闘志満々、大洋の森徹といったところか。

 「終戦直後はセミ・プロ私小説球団にいた」というのは、1948年に文潮社(一時期、水上はここで嘱託として働いていた)から出た私小説フライパンの歌』のことを指している。この小説、宇野浩二の序文があり、売れ行きも良く、映画化の話まであったのに、なぜか水上はそれから少しして文壇を離れ、1959年に『霧と影』で推理作家として再デビューするまで、長い下積み生活を送ることとなった。

 

7番 投手 有馬頼義(1954年上半期・直木賞

つねに全力投球をつづけながら、ねばり強く、延長戦に入れば、かならず勝つという静かなファイトの持ち主。カーブはめったに投げず、直球で勝負する。もっとも時々ナックルも投げてみせたりもする。審判員諸氏によれば、「有馬投手の球は、ボールとストライクの判定がむずかしく、それがトクになっている時と損になっている時がある」ということだ。データー魔といわれるほどデーターを詳細に調べて、つねに投球の参考としている。グランド・マナーのよさには定説ある紳士投手である。

 有馬は野球好きとしても知られ、大村彦次郎の『文壇栄華物語』には、野球に熱中しすぎて成蹊高校を退学と書かれているほどで、『四万人の目撃者』という野球場を舞台にした推理小説もある。 何しろ、父親が(戦前の)東京セネタースのオーナーだったのだから、環境には恵まれていた。

 しかし、戦後は、財産没収、父親が戦犯に指定されるなど、苦労の連続で、流行作家になってからも睡眠薬中毒に苦しみ、1972年に自殺未遂。以後、本格的な復帰を果たせないまま、1980年に死亡。

 

8番 捕手 黒岩重吾(1960年下半期・直木賞

どちらかといえば南海の野村型でなく、巨人の森タイプに近い頭脳的なキャッチャーである。コイツは上ダマだと思うと、すかさずマスクをはねのける有様は、これ御覧の通りで、イヤその素早いこと。したがって、捕逸することはほとんどなく、牽制球にも威力がある。ひところ牽制しすぎて肩を痛めていたようだが、最近は好調をとり戻している。スイングの割には短打が多いが、出塁率は堅実なので一応安心して見ていられる。

 校條剛の『作家という病』によれば、流行作家だった頃の黒岩は、年に6冊から10冊の単行本を出し、毎月の生産量は原稿用紙で四、五百枚だったとか。

 昼頃に起きて、夕方までに一誌分を書き上げる。そのあと大阪・北新地の酒場に飲みに出て、何軒もハシゴし、酔いを深くして喋りまくる。(略)午前一時くらいに帰着するが、眠るわけにはいかない。週刊誌の原稿をもう一回分書かないとこの日を終えることができないのだ。黒岩は飲みながらも、そのことは決して忘れてはいない。そこで、たとえ真冬だろうが、冷水のシャワーを浴びて酔いを醒まそうとするのである。

 しかし、今でも読まれているのは、この時期のものではなく、80年代以降に書かれた古代史ものか。 

 

9番 二塁手 山口瞳(1962年下半期・直木賞

当今、二塁手が欠乏し、各球団ともこれには泣いているが、文壇チームは、あえてルーキー山口選手を起用、しかも打順は九番でのびのびと打たせようという狙いである。ロング・ヒッターではないが、調子づくとヘンなところへテキサスを打つから油断はならぬ。ただし当人もいうように“軽率”なところがあるので、アワテテ塁を飛び出し、三本間に仁王立ちなんてことにもなりかねない。このチームは代打者の層が厚い。童顔の好漢、酒食に溺れず、レギュラーの座を確保せよ。

 

 ちなみに、この打順、雑誌の目次の並びと完全に同じで、作為を無くすことで格付けへの不満を少しでも減らそうとしているのだろうが、結局、目次以上に誰が編集部から重要視されているのか分かるようになってしまっている。特に、6番~8番に置かれた作家は、嫌な気分になっただろう(9番にもなると、逆の意味で華がある)。

 有馬は一応投手という花形ポジションを与えられているが、黒岩なんかは、はっきり「地味」と言われている。直木賞をとってまだ三年ぐらいしか経っていないから、そういうことを言ってもいい雰囲気があったのか。

 

安岡章太郎第三の新人軍」

 

 安岡章太郎の「三番センター庄野潤三君」(『良友・悪友』所収)によれば、「ずっと以前、まだ小説を書き出して間もないころ、その文学的評価を野球選手になぞらえて話し合った」ことがあるらしい。その相手とは、吉行淳之介庄野潤三。そして、出来たリストを会合で発表したとか。

 まことにワタケた遊びであるが、こういうことをやっていると、あとで頭がグラグラするほど疲弊した。それに、こんなかたちで仲間の者の力量を批評したとすれば、これは遊びとしても悪趣味なものだったにちがいない。しかし当時の私たちは、おたがいに自信家であり、また小説を書くことにまだそれほどの職業意識はなく、いくらか下町のシンキ臭い若い衆が寄り合って句会のマネ事でもやっているような気味であったから、こういうことも出来たのであろう。

 上でも書いたけれど、上位の打順に組み込まれた作家はよいが、6番とか8番みたいな、中途半端なところに位置付けられた作家は、間違いなく気分はよくないだろう。だから、安岡本人も「悪趣味」と言っている。しかし、そこが面白い。

 

1番 遊撃 吉行淳之介

「オレはさしずめ南海の木塚みたいに、ショートで9番バッターといったところだ」

 こういうことを言ったのは吉行淳之介で、自分の才能をマイナー・ポエットと規定し、馬力はそれほどないけれど、俊足、強肩、華麗な守備力をほこる作家でありたいと思ったわけであろう。

  しかし、庄野が「キミがラスト・バッターというのは良くないな。ラストは三浦朱門で、キミはトップを打たにゃイカん」と言ったため、一番に抜擢された。

 

2番 二塁 安岡章太郎

 私は別に誰という名宛の選手はいなかったが、やはり吉行と同じような動機から、自分の文学的資質を二番バッターの二塁手ぐらのところだろうと思っていた。 

 

3番 中堅 庄野潤三

 吉行と安岡が自身に控えめな評価を下していたのに対し庄野は、「オレは三番バッターだよ。『三番、センター庄野クン』、どうだぴったりくるだろう」と自ら三番を買って出た。安岡によると庄野は、「大家たらんと欲してやまぬ気概を持っていた」ようで、庄野の小説は「玄人好み」の渋いものが多いが、それらも「大家たらん」とする意識によって書かれたのだろうか。

 

4番 三塁 島尾敏雄

「四番は?」

「四番は、サード島尾だ」

 吉行が即座に言った。島尾敏雄を仲間のなかの中心バッターにきめることについては、われわれ三人とも異存はなかった。 

 この中だと、島尾が一番早く文壇に認められ、単行本も出している。そのせいか、芥川賞の候補になった時期が、第22回(1949年下半期)と第35回(1956年上半期)という運営側の都合を感じさせるような妙なものとなっている。おかげで、島尾は、「第三の新人」の誰よりも早く芥川賞にノミネートされ、「第三の新人」が芥川賞を取り終える頃に再び落選するという形になった。

 

5番 捕手 小島信夫

「五番は?」

「五番キャッチャー小島」

 と、また吉行がすかさず言った。たしかに、小島信夫は、その肩のもり上がった体格からして捕手型であるうえ、何を言っても「なるほど、なるほど。そうですか、そうですか」と、こちらの言うことを、心の底ではともかく、表面はひどく素直に受けとってくれるところが、いかにもキャッチャー的人物におもわれた。

 

6番 一塁 五味康祐

 

7番 右翼 近藤啓太郎

(前略)近藤は大いに不服で、「オレが七番、ライトとは、どういうことだ」と詰め寄った。

「それはだなア、おまえの将来性を買ったのだよ。実力があっても試合になると打てない、そういう選手を七番あたりにおくと、急にポンポン打ち出すものだ」

 と、これも吉行がウマイこと言って説得した。 

 

8番 投手 奥野健男

 

9番 左翼 三浦朱門

 

 こうやって並べられると、結構妥当なようにも見える。ただ、五味の立ち位置に関してはよくわからない。この中で一番早く芥川賞を取ったのは五味だが(次回で安岡が受賞)、その後、剣豪小説の書き手となったので、「第三の新人」と言われると違和感があるし、どの程度の付き合いだったのかも俺は知らない。奥野健男も。あと、この頃まだ遠藤周作阿川弘之がグループにいなかったのか、彼らの名前がない。

 第三の新人は、戦後派らに比べると小粒だと言われるが、安岡や吉行のような、2番バッター、9番バッターを自称する韜晦癖がなおさらそう見せるのだろう。自ら3番バッターを名乗った庄野にしても、ホームランを積極的に狙いに行く感じがしない。結局、戦後派に入れられることもある島尾だけが、はっきりとホームラン狙いのスイングをしていたんじゃないか。

 

f:id:hayasiya7:20190815185058j:plain

f:id:hayasiya7:20190815185209j:plain

 

f:id:hayasiya7:20180208022050j:plain

左から、吉行淳之介遠藤周作近藤啓太郎庄野潤三安岡章太郎小島信夫

 

直木賞物語 (文春文庫)

直木賞物語 (文春文庫)

 

  

戦後文学論争〈下巻〉 (1972年)

戦後文学論争〈下巻〉 (1972年)

 

  

文壇栄華物語 (ちくま文庫)

文壇栄華物語 (ちくま文庫)

 

  

フライパンの歌 (1966年) (角川文庫)
 

 

良友・悪友 (1978年) (角川文庫)

良友・悪友 (1978年) (角川文庫)

 

 

ラブホテルのスーパーヒロイン⑧

 それから三日後の月曜日。朝、会社に行こうとマンションの外に出たら、喉がいがいがし始めた。軽傷だろうと高を括っていたら、仕事が終わる頃には身体がだるく感じるほどに悪化していた。それでも翌日は出社したが、水曜日になるとベッドから起き上がるのも一苦労なほどになっていた。熱を測ると、三十八度後半だったので、会社を休み、病院に行った。喉がものすごく痛んだことから、あの時のクンニが原因なんじゃないかと思った。これが芥川龍之介の『南京の基督』なら、俺が彼女の病気を引き受けたことになる。
 病院に着くと、インフルエンザが猛威を振るっていた時期だから、症状を告げた瞬間、すぐにカーテンで仕切られた小部屋に隔離された。その部屋には既に先客がいて、むしろこいつからうつされるんじゃないかと不安になった。
 涙を流しながら、鼻に長い綿棒を突っ込むあの検査を乗り切ると、結果は陰性だった。それで、薬を貰って帰ってきたが、性病の可能性もあるんじゃないかという疑いは晴れなかった。
 幸い、喉の痛みは処方してもらったうがい薬をしばらく続けていたら完治した。熱は次の日にひき、金曜日に出社した。それ以来、特に異常ないまま生活を続けているので、性病は杞憂だったらしい。
 風俗に行くたびに、三十八度越えの高熱が出るのは、なぜなんだろうか? 前回はそれでパニックに陥った。罪悪感のようなものが、病気となって体に現れるのだろうか。
 とにかく、あのセックスがしばらくトラウマとなり、一週間以上性欲が湧かなかった。これはオナニー・ジャンキーの自分にとっては異常事態で、このままだと性欲が枯渇したままになるんじゃないかと怖くなり、十日目に、全然やりたくもないオナニーを無理やりした。それで、『時計じかけのオレンジ』のアレックスよろしく「治ったぜ」と宣言したかったが、また不能状態が続いた。ようやく自発的にオナニーできたのは、風俗に行ってから二週間以上経ってからだった。
 トラウマがやっと払拭できたので、ヒカリのツイッターを覗いてみた。プレイがあった日には必ず投稿していたからだ。そして、いつ撮ったのか、ベッドの上にゴーグルとムチを並べた画像があげられていた。

 

(了)

 

 

ボードレール全詩集〈2〉小散文詩 パリの憂鬱・人工天国他 (ちくま文庫)

ボードレール全詩集〈2〉小散文詩 パリの憂鬱・人工天国他 (ちくま文庫)

 

  

ボードレール伝

ボードレール伝

 

   

年月のあしおと (1981年) (講談社文庫)

年月のあしおと (1981年) (講談社文庫)

 

 

田舎教師 (岩波文庫)

田舎教師 (岩波文庫)

 

 

ラブホテルのスーパーヒロイン⑦

 当初の過度に集中していた状態からややだれてきた時、扉がゆっくりと開いた。そこには、バットウーマンの衣装を着た彼女がいた。変身前の彼女とはまったく別人だった。天使であり悪魔である女。俺が求めていたのはこれだ! 俺は咄嗟に光線銃を撃った。ちゅるるぎゅうううんちゅるるぎゅうううん、という間抜けな音が盛大に鳴り響く中、自分がセリフを忘れていたことに気がついた。「しまった!」とテンパりかけたが、
「あら、私にそんなもの効くと思ったのかしら?」と彼女が何事もなかったかのように進行してくれたので助かった。
 少しずつ、バットウーマンが俺に近付いてくる。そして、光線銃を奪い取ると、
「撃たれたくなかったら、そのまま服を脱いでベッドに行きなさい」
 俺はバスローブを脱ぎ捨て、銃で脅されながら、全裸でベッドに横たわった。その瞬間、緊張からか栓が抜けたように口の中の水分が一気に引いていった。乾燥で、舌が動かしにくい。いったん、水を飲んでやり直したかったが、雰囲気が壊れそうなので我慢した。
「眼鏡はとらなくていいの?」
 随分と親切な悪女だ。俺は眼鏡を電マの横に置いた。
「さあて、どうしようかなあ」と、俺の両腕を万歳状態にしてから手錠を嵌めた。手にはいつのまにか、ハタキのように先っぽが分れたムチを持っていて、それで俺の乳首をくすぐったり叩いたりした。
「放してくれ」と懇願してみたものの、直立と表現していいほどペニスが立っているので、まるで説得力がない。
「ダメよ」
 ムチで撫でられながら焦らされているうちに我慢できなくなり、
「キスしてくれ」と言うと、
「『キスしてください』でしょ」
「キスしてください」
「もっと、はっきり言わないと」
「キスしてください。お願いします」
「しょうがないわねぇ」
 バットウーマンは俺の上にまたがり、熱烈なキスをプレゼントしてくれた。こんがらがった配線の如く舌をしっかり絡ませ合ってから、
「腋をなめさせてください」
「腋? ちょっと汗かいてるけどいい?」
「はい」
 むしろ、汗はかいてくれていた方が、こっちにとっては都合が良い。汗は腋フェチにとっての黄金である。彼女が左腋をこちらに寄せてきたので、それに合わせて顔を近づけ、蛙のように舌を伸ばした。うーん、味がしない。匂いもない。粘ついてもいない。一般的な観点から言えば、それは理想的な腋なのだろうが、俺みたいな腋好きからすれば、物足りない事この上ないのである。出汁をとるのに使った昆布を噛んでいるような…… まあ、それは、しょうがないので気持ちを切り替えて次のプレイに移ることに。
「もう一回、キスさせてください」
「わかったわ。ちょっと手錠が邪魔ね。とるわよ」
 手錠が外され、自由の身に。彼女をきつく抱き寄せ、キスをしようとすると、
「ちょっとがっつきすぎよ」と叱られた。「髪は濡らさないでね」
「あの…… まんこなめたいんですけど」
「いいわよぉ」
 彼女が股間を俺の顔にたっぷりと押し付けられるよう、身体を少し下にずらしスペースを作った。彼女はハイレグの股の部分に指を入れ、女性器を露出させた。生まれて初めて生で見る女性器だが、眼が悪いので天然のモザイクがかかってしまっている。俺は池にエサを投げ込まれた鯉のように口を開けて待った。股間がゆっくりとこちらに近づいてくる。さぁ、こい…… しっかり、嗅いで、舐めてやる……
「エンッ!」
 強烈な刺激臭が鼻を突き刺した。一瞬、叫びかけたがすんでのところで留まった。これが悪名高いマン臭なのかと思案したが、他のまんこを嗅いだことないので判断に困った。もしかしたら、布の方からしているような気もしたからだ。生乾きのひどいやつと臭いが似ていた。酸味も少々あった。
しかし、こちらから舐めさせてくれと言ったのに何もしないのは不自然だから、マナーとして数回舐めた。
「おいしい」
「おしいなら、もっと舐めなさい」
 もう一、二回命がけで舐めたが、これ以上はヤバいと思い、そっと顔を離した。バットウーマンは立ち上がると、さっきから邪魔になっていたマントを外した。それから、「ちょっと暑いわね」と言って、エアコンの温度を下げた。コスプレしたままリモコンをいじる様子はやけにシュールだった。
「もう悪いことができないようにお仕置きしてあげないとね」
 それを聞いて、彼女は自分が「善」側で、俺が「悪」側だと思ってプレイしているんじゃないかと気がついた。店から電話で言われた通り、事前に打ち合わせしておけばよかったと少し後悔した。
「ほら、足をあげなさい」
 足を天井に向かって上げると、自然に背中が丸まって、海老のような恰好になった。
「自分でそれを持つのよ」
 膝の裏をそれぞれの手で持つと、いわゆる「ちんぐり返し」という体勢に。その瞬間、右ふくらはぎに嫌な違和感が走った。俺は体全体が尋常じゃないくらい固く、体育で柔軟のテストをした際などは、いつも最下位かそれに近かった。また、二、三ヶ月に一回、夜中にこむら返りが起こることもあった。恐らく、急に無理な運動をしたことで、筋肉がおかしくなっているのだ。夜中にふくらはぎをつる時には必ず前兆として筋肉がぎゅっと収縮してしまったような感覚があって、それで目が覚めるのだが、今起きているのはまさにそれだった。ここから少しでも足を動かしてしまうと、ドミノ倒しのようにがらがらと筋肉が崩壊し、激痛に苛まれる。
「今からすごい恥ずかしいことしてあげる」
 俺は自分の足を抱えながら、怯えた仔犬のように震えていた。身体が固すぎてこの体勢を維持するだけでもかなりつらい。普段から柔軟体操をしておくべきだった。しかし、高い金を出して築き上げた性の世界をこんなことで壊すのはもったいなさすぎる。
すると、彼女がいきなり俺の肛門に指を入れた。
「ヌアッ」
 変な刺激が加わったせいで、本当に右のふくらはぎが逝ってしまった。
「ほら恥ずかしいでしょ。アナルをいじられて」
 俺としてはこんなプレイがあるとは完全に想定外だった(逆調教コースでは普通なのかもしれないが)。それなら、もっとちゃんと尻を洗っておくんだった。しかし、よく切れ痔になっている俺としては、アナルをいじられることに対して、不安しかない。彼女が指をどんどん奥に突っ込んでいくにつれ、かつてあじわったことのない深甚な恐怖感にとらわれた。気持ち良いというよりかは、異物が侵入しているという違和感の方が大きく、まるで直腸検査を受けているかのような気分。そして、一番心配だったのは、うんこがもれてしまうんじゃないかということ。
「どう? 気持ち良い?」
「気持ち良い……」
 あらゆる困難が一斉に圧しかかってきているこの状態を打破するには、もう開き直るしかないと考えた。そのうちに、自分の知らなかった快楽の道が開けるかもしれないというわずかな希望にかけて。
「いや、女の子になっちゃう!」
 俺は「女」としてセックスをしたいという願望を叶えるために、自己暗示をかけることにした。
「ほーら、女の子になっちゃうよぉ」と、彼女は俺の尻の穴にローションを塗り込み、指で直腸を軽く押していく。多分、直腸越しに前立腺を刺激しようとしているのかもしれない。プロだから大丈夫と自分に言い聞かせるも、不安感はぬぐえない。だが、我慢しているうちに、性の宇宙へとぶっ飛んでいくかもしれないのだ。そうじゃなきゃ、肛門性交をする奴なんか誰もいなくなる。
「女の子になっちゃうよぉ」と喚きつつ、脂汗を垂らしながら、俺はふくらはぎの強烈な痛みに耐えていた。快楽ではなく苦痛で顔が歪む。
「もう女の子になってるよ。アナルも電マが入るぐらい広がって」
 マジで? 大丈夫か、俺の肛門。うんこ垂れ流しになっちゃうんじゃないか?
 これ以上足を上げているのは限界だと感じ、ゆっくりもとの体勢に戻った。足を下ろし、こっそりふくらはぎを揉んでいるうちに、若干の違和感は残りつつも、痛みは消失した。
 AVのように、世界観を壊さずスムーズにセックスするのは普通の人間には無理だ。あれは、本当にファンタジーなのだ。いや、AVだけじゃなく、雑誌・映画・小説でも、やたら滑らかにセックスしている。そんなことが本当にあり得るのだろうか?
 バットウーマンの方を見ると、ビニール手袋を外しているところだった。俺の拭きが甘いせいでうんこがついているんじゃないかとびくびくしたが、視力が悪いのでよくわからなかった。
 そして、彼女は持っていたローションを今度は俺のペニスに垂らした。冷たい。思わず身体が陸に上げられた魚のように跳ねる。ドロドロとしたローションは、透明な蜂蜜みたいだ。
「まだ出しちゃダメ。我慢しないと」
 しかし、ペニスの勢いは、最初の頃に比べ、三分の二ぐらいに落ちていた。疲れ始めたのか飽きてきたのか、エロへの執着心が薄れてきている。おまけに、ローションによる手コキが気持ち良くない。ローションのつるつるとした感覚が、俺に合わないらしい。ただ手が滑っているだけにしか感じられないのだ。そして、みるみるうちにペニスは萎み、親指大ぐらいのサイズに戻ってしまった。
「我慢しすぎちゃったのかなぁ」
 彼女の方も少し焦ってきたらしく、手コキのスピードが速くなる。それでも一度萎えたペニスはなかなか元に戻らない。ぺちょぺちょぺちょぺちょという間抜けな摩擦音が、ホテル内に空しく響く。自分でも擦ってみたが、ぬるぬるするばかりで、握っている感覚がない。
「乳首を舐めながらやってくれないかな?」
 前回の風俗の経験から、乳首が一番の性感帯だとわかったので、そう頼んだ。それで、乳首を舐めてもらいながら、ペニスを擦られると、若干回復の兆しを見せた。しかし、射精しなきゃと焦っているから、性欲がまるで安定しない。結局、一歩進んで二歩下がるという状態に。
 彼女はコンドームを取り出し、俺のペニスに被せた。けれども、俺のそれが縮みすぎていたために、被せたというよりかは帽子のように乗せたという方が正しかった。そして、コンドームの上からフェラチオを試みたが、やはりうまくいかない。
 フェラを諦めた彼女は電マを手に取ると、最終兵器と言わんばかりに、厳かに亀頭に当てた。最初は何も感じなかったが、一分以上そのまま当てられ続けていると、急に体が痙攣した。
「メスイキしてるんじゃないのぉ?」
 それは、おしっこが出そうになるのを無理やり我慢しているような感覚。確かに、身体の反応は大きかったが、このまま射精できるのかといえば、かなり難しそうだった。一体、俺の四日分の精子はどこにいったんだ? 完全に消えてしまったとしか思えない。ペニスからあふれ出るんじゃないかと心配したぐらい溜まっていたのに。
 タイマーが鳴った。どうやら終了時間が迫ってきているらしい。もう射精しなくてもいいかと思い始めてきた。俺には無理だ。諦めて試合終了にしたい。
 それでも、彼女が頑張ってくれるので、俺ももう一度射精にチャレンジすることにした。
「もう一回、乳首なめて。ちんちん擦るのは俺がやるから」
 彼女には乳首なめに専念してもらい、擦るのは自分でやることにした。幸い、ローションが渇いてきていて、普段オナニーしている時のグリップ感に戻っていた。何度かしごいているうちに、ペニスが如意棒よろしく伸びてきた。
「がんばれ。がんばれ」
 最初小声で言われたから、聞き取れなかったが、どうやら応援してくれているらしい。励まされながらオナニーするなんて前代未聞だ。最早、性交というよりかは介護に近い気がしてきた。
「がんばれ。がんばれ」
 手の中で再びペニスが硬直を開始する。芯が入ったような触感。いける。これなら何とかなりそうだ。
「がんばれ。がんばれ」
 水泳の前畑がベルリン・オリンピックに出場した時の、アナウンサーの応援を思い出した。
「あ、出るかもしれない」
「本当! 頑張って!」
「ああ、出る!」
 ようやく射精できた。消えたと思っていた精液が一気に出た。図書館などの公共施設に、よくペダルで踏むタイプの水飲みが設置されているが、あれぐらいの勢いで出た。
「いっぱいでたね」と彼女はティッシュで俺の精子を拭き取りながら言った。
「うん」
「よかったぁ、射精できて」
「ありがとう」
「じゃあ、私店に電話してくるね。このままだと延長になっちゃうから」と彼女は急いで電話をかけにいった。
 俺は彼女の心遣いに感謝した。ベッドを見ると、コンドームやら電マやらローションやらが散らばっている。夢の残骸、というにはあまりに苦労が多すぎた。
「これで大丈夫。じゃあ、お風呂入ろっか」
 バスルームの前に行くと、「これちょっと脱がしてくれない」と背中のファスナーを指さした。よく見ると、背中に若干ほつれている部分がある。だいぶ酷使されているのかなと思いつつ、ファスナーを下ろした。ここで初めて彼女の裸を目にした。衣装を脱いだ彼女は心なしか縮んで見えた。しかし、身体の線はなめらかで、ある種のやさしさが窺われた。次に、ゴーグルも外すと、玄関で会った時以来の素顔が現れた。ショートカットが似合う、かわいらしい人だった。
 熱いシャワーで股間にへばりついたローションを丹念に洗い流してもらっていると、
「結構、筋肉あるね。学生時代、何かやってた?」
「い、いや、何も」
 中学は将棋同好会の幽霊部員、高校は帰宅部という経歴を説明するのが恥ずかしかったので、お世辞を言われて嬉しかったものの、そっけない返事をしてしまった。
「なんか生まれつきガタイは良かったから」
「あ、なめてて気づいたけど、乳首の毛、ちゃんと剃ってたよね」
「うん」
 そこに気づいてくれて、俺は嬉しかった。
 風呂から出て、着替えを済ます。ヒカリは性具を入れたアタッシュケースに、衣装を詰めた手提げと、荷物が多い。小柄な彼女にはきつそうだ。
「雨の日だと大変だね」
「そうなの。これに傘持たなきゃいけないから」
 二人で一階まで降り、フロントで清算すると、時間を十分程度オーバーしていたので、千円追加でとられた。
「ごめんね、遅くなっちゃって」
「いやいや、全然大丈夫ですよ」
 そして、外に出ると、
「今日はどっちから来たの?」と彼女が訊いた。
「A線のC駅から」
「じゃあ、あっちだね」
 俺は彼女に指示された方向へ歩き出した。尾行されるのを避けるため、向こうから別れを切り出す仕組みになっているのかもしれない。
既に陽は落ち、人工による光が街を彩り始め、仕事終わりのサラリーマンが飲み屋を探して徘徊していた。俺は後ろを振り向いて、
「それじゃあ、また」
「じゃあね」
 尻に違和感が残っていたせいで、歩くとどうしても両津勘吉のようなガニ股になった。おまけに、すれ違う人全てが、俺が風俗帰りだということに気づいているんじゃないかという妄想にも囚われた。俺をそんな目で見るんじゃねぇ。
 家に到着し、すぐにトイレで尻を拭くと、ローションがべっとりとついた。そこでようやく現実感覚を取り戻した。

 

最後のページ

ラブホテルのスーパーヒロイン⑥

 結局、風呂についてはよくわからないまま当日を迎えた。家族には、「映画を見てくる」と告げ、家を出た。今日は、朝から性的熱狂で脳が沸騰していた。なぜなら、この日のために月曜日からオナ禁していたからだ(日曜日には最後の晩餐とばかりに、いつもより時間をかけオナニーした)。特に前日の木曜日なんか、オナニーの禁断症状が一段と激しく出て、何度もペニスに手が伸びかけたが、「ここで抜いたらお前は何のために禁欲してたのか」と強く自分に言い聞かせることで、何とか危機を脱した。本当にこの時ばかりは、抜かないと発狂すると思ったぐらいで、視界に入るもの全てが性欲をじゅくじゅくと刺激してきて困った。中学三年の時に、二週間野尻湖でのキャンプに参加し、その間強制的にオナ禁状態になったことがあったが、その時も溢れかえった性欲によって世界がかなり変わって見えた。その時以来の経験だった。会社でも火曜日からずっと風俗のことしか頭になかったので、机の下で勃起して参った。一番恐れていたのは夢精で、小便してる最中も精子が一緒に出るんじゃないかとびくびくしていたが、何とか無事当日を迎えられた。とにかく、自分がオナニー・ジャンキーであることがよくわかった四日間だった。
 ちょっと早めに家を出たので、ヒロインの檻の最寄りであるC駅に着いたのは、十六時前だった。港区の学校に通っていたから、品川区にあるC駅もたまに寄ることがあった。特に駅前にあるカラオケ屋は、毎年文化祭の時期になると、学校を抜け出したうちの生徒で貸し切りになるぐらいだった。俺は友人と駅近くのブックオフに寄ったりしていたが、オフィス街という印象が強く、風俗街としての側面も持っていることを知ったのは大学に入ってからだ。
 店に確認の電話を入れる前に、風俗街としてのCを知ろうと辺りを亡霊のようにうろついてみた。確かに、案内所やラブホテルが立ち並んでいる。高校の時は東側しか行ったことがなかったので、西に林立するラブホテルの存在には気づかなかったのだ。
 金曜日といっても、昼と夕方の間ぐらいだから、まだ街に活気はなかった。当然、路地裏にあるホテルや案内所にも人気はなく、ビルの取り壊し現場だけに人がいて、作業員がだらだらと仕事していた。人のいないホテル街は、なんとも寒々しく、性の残骸といった風だった。まるで使い終わった後のコンドームのようだ。俺は適当にそこらを歩きながら、「バットウーマン、ついに見つけたぞ。逮捕する」という自分のセリフを脳内で何十回も繰り返した。セックスへの強い期待とセリフをきちんと言えるかという巨大な不安がぶつかりあっていた。
 十六時になって店に電話すると、「予約時間の十分前にまた電話していただけますか」と告げられた。確認の多い風俗店だ。この時は、男ではなく女が出た。俺は時間を潰すため、駅前の喫茶店に入った。他に休める場所がないからか、ここには結構人がいて、席もほとんど埋まっていた。俺が座った席の隣では、大学生らしき二人が、よくわからない爺さんにインタビューをしていた。就職に関することらしく、インターンとかチンポが萎えるような言葉が耳に入りうんざりした。
 俺は持っていた田山花袋の『田舎教師』を開いた。ちょうど、童貞の主人公が一人で遊郭に行く場面。彼が、店の前で臆病風に吹かれるところや、あがった店で「自分の初心なことを女に見破られまいとして、心にもない洒落を言ったり、こうした処には通人だという風を見せたりしたが、二階廻しの中年の女には、初心な人ということがすぐ知られた」という個所に共感した。
 時間になって店を出、ラブホ街から電話をかける。今度は、ホテルに入ったら電話をかけてほしいとのことだった。探偵映画ばりに電話で指示ばかりされている。
「ホテルは既にお決まりですか? お決まりでないようでしたら、こちらから勧めているホテルがあるのですが」
 目星をつけているところはあったが、一応「このあたりは初めてなんで」と聞いてみると、
「ホテル・メープルというのが、駅から近くて、値段も安いので、いつもお客様にお勧めしております」という。
 俺が狙っていたところとまったく同じだったので、そのままメープルへ。自動ドアを抜けると、でかい液晶パネルがあり、それで好きな部屋を選ぶというシステム。一番安い部屋は既に埋まっていたので、二番目に安い四〇二号室をチョイス。
 部屋は真っ暗だった。ショッピングモールで迷子になった子供の如く右往左往すること二分、ようやくスイッチを発見。荷物を下ろし、上着を脱ぐ。玄関から入ってすぐ右が風呂・トイレ、左がベッドという間取り。人生初ラボホなので、目に入る物全てが新鮮。これが、うわさのラジオか、と枕元にあるスイッチをいじる。よくわからないR&Bが流れる。一人で聴いても情緒がないのですぐに切る。小便をしてから、ヒロインの檻へ電話。
「今、ホテルにつきました。メープルの四〇二号室です」
「承知しました。では、ヒロインが到着したら打ち合わせはしますか?」
 本当なら念入りに打ち合わせした方が良いのだろうが、思わず人見知りを発揮してしまい、
「あ、いや、大丈夫です」と答えてしまった。
「では、ヒロインが到着するまでに、先にお風呂に入っていただいてもよろしいでしょうか」
 あ、この段階で風呂に入るのねとようやく答えが出た。
「はい」
「お風呂から出た後は、裸になって、上にバスローブだけ羽織って待っていてください。ヒロインが到着したらアタッシュケースを渡すので、中身を確認してください」
「はい」
「あと、ヒロインが入室した時点で、プレイは始まっていますので、そのつもりでお願いします。それから、お金は到着した時に払う形となっていますのでその準備もお願いします」
 電話が終わると、すぐに風呂へ。俺はタオルを使って入念に身体を清め、バスローブに着替えた。バスローブの下はいつでもミサイルが発射できるほど、完全に臨戦態勢が整っている。それから待つこと五分。
 コンコン。
 ドアをノックする音。俺は気色の悪い笑みを強引に噛み潰し、冷静にドアを開ける。
 ドアの前には緑のコートを着た小柄な女が立っていた。
 ん? あれ? なんか思っていた人と違うな…… 俺としてはもっと女王っぽい感じの人を選んだつもりだったのだが…… しかし、今俺の目の前に立っている女は、主婦的な生活感に溢れていて、年齢も二十七ではなく三十五ぐらいに見える…… 確かに、プロフィール写真では顔を隠していたが、雰囲気はもっとクールだったはずだ…… それが、どこか疲れた空気すら漂わせている…… しかし、今ここにいるんだから、確かに本人なはずだ……
「中に入るわね」
「あ、どうぞ」と俺は動揺を隠しつつ返事した。
 ヒカリは手に持っていたアタッシュケースと大きな手提げをソファーの近くにあったガラスのテーブルの上に下ろし、コートをハンガーにかけた。
 いや、確かに期待とは違ったが、そんなに悪くはないなと思い直す。それに衣装を着ればまた違った風に見えるはず。レッド・ルーフのAVを鑑賞している時も、女優の顔というのはあまり気にしていなかったのだから。
「あなたが依頼人ね」
「ああ」
 俺は役になりきるため、いつもより渋い声を出し、ハンフリー・ボガートのような苦み走った顔を演出した。返答の仕方も「はい」ではなく、ハードボイルド調の「ああ」に変えた。
「依頼されていたものを渡すわね」
「ああ」
 俺は彼女からアタッシュケースを受け取った。
「それじゃあ、この封筒に報酬を入れてもらえる?」
 俺はリュックから財布を取り出し、事前にメールで指定されていた金額「三万千三百二十円」を入れた。彼女はそれを確認すると、
「じゃあ、私はボスに電話をするからちょっと待ってね」
「ああ」
 ヒカリはトイレの前に行き、電話をかけた。
「ボスただいま到着し、報酬を受け取りました」
 そして、電話が終わると、「準備をしてくるから、ここで待機していてちょうだい」
「ああ」
 さっきから、「ああ」しか言ってないな、俺は。一生分の「ああ」を使い切った気がする。
 彼女はベッドルームとバスルームの間にある扉を閉めた。そのうちにシャワーを使う音が聞こえてくる。
 俺はアタッシュケースを開き、いそいそと中身を確認した。中にはピンク色の電マ、延長コード、ローション、コンドーム、手錠、それからヒロインを倒すための光線銃が入っていた。デンマはコンセントに刺して使うタイプらしく、延長コードとデンマを組み合わせ、デンマの使用範囲を伸ばした。試しにスイッチを入れてみると、ヴンンンンンという無味乾燥な音を出して振動し始める。「なるほど」と心の中で呟き、電マはヘッドボードの上に置いて、今度は光線銃を手に取ってみた。リボルバー式で、照準器までついているけど、当然ながら飾りである。むしろ、そういう過度な装飾が安っぽさを醸し出している。引き金を引くと、ちゅるるぎゅうううんちゅるるぎゅうううん、という何を表現しているのかよくわからない音を出した。
 いつ彼女が風呂から出てくるのかわからないので、光線銃を持ったまま、ベッドの脇に立った。全裸にバスローブを羽織り、おもちゃの銃を持って、一人突っ立ている二十八歳。客観的に見れば、完全に狂人である。しかも、勃起までしている。早く出て来てくれないかなと願いつつ、汗の滲む手で光線銃を握りしめるも、中々登場する気配がない。何もすることがないので立っているしかないのだが、そうすると「俺はここで何をしてるんだろう」という疑問が鋭い矢のように降ってくるので、早くプレイに入りたかった。空調機の音だけが、静かに室内に響き渡っている。俺は光線銃をこめかみに当てて、ロシアンルーレットの真似をしてみた。ちゅるるぎゅうううんちゅるるぎゅうううん。

 

次のページ

ラブホテルのスーパーヒロイン⑤

 シナリオを書き上げた後、ホームページでヒカリの予定を確認したら、二十五日出勤となっていたので、ひとまず安心した。以前予約した風俗店は、サイトに予約用のフォームがあったのだが、「ヒロインの檻」にはそれがなく、取り敢えず「お問い合わせ」のところから「日時:一月二十五日 時間:十七時 コース:シナリオ・コース ヒロイン:ヒカリ 衣装:バットウーマン プレイ時間:六十分」で予約のメールを送った。時間を十七時にしたのは、それが彼女の一番早い出勤時間だったからで、その日の最初の客を狙っていた。
 すると次の日、さっそく返信が来た。「一度ヒカリの方に確認し、確定できましたら再度メールを送らせていただきます」と書いてあったので放置していたら、水曜日になっても返信がないのでさすがに不安になり、もう一度メールを送った。今度はシナリオも添付して。そしたらすぐに返事が来て、予約が確定したとのことだった。
 ちょっと面食らったのは、「予約前日に確認の電話をお願いしています」という一文で、前の風俗では予約メール一本送った以外特に何もなかったから、結構念入りなんだなと思った。デリヘルと箱ヘルの違いというのもあるかもしれない。
 しかし、困ったことが一つあった。俺は実家住まいなのである。まさか、家からかけるわけにもいかないが、周りにも聞かれたくない。こういう時、他の実家住まいの人間はどう対処しているのだろうか? とにかく、足りない知恵を無理やり絞った結果、会社帰りに自宅の最寄り駅近くからかけることにした。俺が使っているNという駅は、ベッドタウンを維持するためだけに存在している、寒風が似合う寂れた駅で、電車が到着する時ぐらいしか人がいないからだ。グーグルの口コミでは、「最果ての地」と書かれていた。
 木曜日、俺は駅の横にある、かつて郵便局で現在廃墟と化した建物に寄りかかった。風俗店に電話をかけるのは初めてだから緊張した。それに、誰かが突然現れるかもという不安もあった。目の前の国道を走る車の音も、いつもよりうるさく感じる。しばらくサイトに掲載された電話番号をじっと凝視したり元郵便局の周りを歩き回ったりという不審者まるだしのムーブを何度か繰り返し、やっと決心をつけて電話をかけた。
「お電話ありがとうございます。ヒロインの檻です」
 男の声だった。俺は女の店長がいる店というイメージをかなり強く持っていたから一瞬ビックリしたが、まあ男の従業員がいるのはおかしなことじゃないよなと気づき、
「金曜日の予約の件で電話した範多ですが」と返した。
「ご予約ありがとうございます。では、申し訳ないのですが、明日の十六時にまた確認のお電話をお願いしてもよろしいでしょうか」
「あ、わかりました」
 確認に次ぐ確認だな。玉ねぎの皮を剥いているみたいだ。まあ、こちらとしては従う以外ないのだが。
 電話を切った後、そういえばどのタイミングで風呂に入ればいいんだろうということが急に気になってきた。前に経験した風俗では、部屋に備え付けられていたシャワーを、男の娘と一緒に浴びたが、別々にホテルに入るデリヘルでは、どういうことになっているのか。つまらないことでも、一度気になると、どこまでも考え続けてしまうという悪い癖が俺にはあった。
 少し話が前後するが、日曜日にシナリオを送った後、俺はサイトに載っていた体験動画を何度も見た。なぜなら、普通の風俗と違って、どちらも過剰な演技をする必要があるから、羞恥心の強い自分としては参考になるものが欲しかったのだ。中でも鬼門となっていたのは、やはり俺がシナリオに書いた導入の部分で、そこを一番確認したかった。体験動画では、女がホテルに入ってくるところから始まり、ヒロインを倒すための道具が入ったアタッシュケースを客に渡す。彼女が風呂に入って準備している間に道具を取り出し、着替えを終えた彼女が風呂から出て来た刹那、プレイ開始となる。客側のセリフはカットされているが、女の方は「わたしがあなたを倒す!」と勇ましい様子が記録されている。その真剣さは、風俗店としての質を保証するものだったが、自意識過剰の俺がそれについていけるのかという疑問が深く残った。
 もう少しサンプルが欲しいと思い、別の体験動画を検索したら、女性向けAVを作っているメーカーのページがヒットした。説明を読むと、イケメン男優が実際の風俗を体験するという企画で、一部で話題の店として「ヒロインの檻」が選ばれたようだ。女よりも男がメインのAVだが、むしろその方が流れがわかって良いかもしれないと考え、購入した。一二八〇円だった。
 実際、サイトに載っていた体験動画よりも、流れが逐一記録されていて、こっちの方が参考になった。動画に出てくる向井理風の男優もシナリオ・コースを選択していたが、相手に言わせるセリフとして、「ちんちん」じゃなく「おちんちん棒」というワードをチョイスしていたのには、微苦笑せざるを得なかった(本人も自分の書いたシナリオを読み上げながら、思わず苦笑していたが)。まあ、それはともかく、さすがにプロの男優だけあって緊張した様子を見せることもなく、流れるように特異なプレイに突入していたが、俺にはこんなスムーズに演技するのは無理だと思った。元々感情を表現するのがめちゃくちゃ苦手なうえ、演技経験がゼロなのだから。
 なので、図書館に行って演技について書かれた本を適当に二、三冊借りてみたが、数日でどうにかなるものではないことだけがわかった。当然だ。カラオケ屋に一人で入って練習しようかなとも少し考えたが、面倒くさいのでやめた。それに、俺のセリフは一言だけなので、まあ何とかなるだろうと高を括ってもいた。俺は俺なりのメソッド演技で勝負する。それだけだ。

 

次のページ

ラブホテルのスーパーヒロイン④

                2 実践編

 

 私には夢がある。特撮ヒロインのコスプレをした女とセックスしたいという夢が。しかし、それを頼むための彼女はいないし、コスプレをメインにしたいわゆる「イメクラ」と呼ばれる風俗も、女子高生とか女医とかOLとかありきたりなものばかりだった。そういう店に自分で衣装を持ち込む剛の者もいるらしいが、そもそも風俗に強い抵抗感があったのでそこまでの情熱は持てず、結句、二十八年間童貞で過ごし続けることになった。
 去年の梅雨頃、暇だったので5chのレッド・ルーフのスレッドをぼんやりと眺めていたら、品川区の某所に特撮やゲーム、アニメのヒロインのコスプレを専門とした風俗ができたという書き込みが目に飛び込んできた。だが、その時点ではまだ風俗に忌避感があったし、無職で金もなかったので、「ふーん」と思うぐらいでやり過ごし、すぐに忘れた。
 それが、夏に就職し、大阪の友人に会いにいったついでに、「男の娘」で童貞を捨てたことから(「童貞と男の娘」参照)、風俗への抵抗感がだいぶ薄くなって。それから数カ月経った時に、ふと5chの書き込みを思い出し、今度はそこに行こうと思い立ったのであった。
 その風俗は、「ヒロインの檻」という名前だった。分類としては、「イメクラ」になる。サイトを見ると、四つぐらいコースがあったが、特に目を惹いたのは「シナリオ・コース」で、自分の書いたシナリオを実践してくれるというもの。せっかく行くなら「シナリオ・コース」にするかと思い、次に料金表を確認すると、入会金・指名料合わせて六十分で約三万だった。高い! 自分が夏に行ったニューハーフ・男の娘の店は、一万五千円だったので、その二倍である。しかも、ホテル代もかかるから、最低でも四万近くは風俗代として確保しておかなければ安心できない。だが、自分の給料は手取りで十六万弱(なんでそんなに薄給のところに務めているのかといえば、仕事が楽だからだ)。そこから一気に出すのはかなり厳しい。仕方がないので、冬のボーナスに全てをかけ、それまで雌伏することにした。
 ヒロインの檻は他の風俗店に比べるとTwitterでの発信にわりと熱心らしく、店長や女の子がよく、店の情報とか衣装、その日のプレイについてツイートしていて、否が応でも期待が高まった。驚いたのは店長が「女」だったことだが、今ではむしろ珍しいことじゃないのかもしれない。彼女は、動画配信で店の宣伝をしたり、ネタツイートでフォロワーを笑わせようとしたり、ある種名物店長といった感じで、店を盛り上げようとしていて、そのやる気はこちらにもよく伝わった。

 

 十二月二十日。始業とともに会社の給与情報ページが更新された。俺は仕事そっちのけですぐにそのページを確認した。
「三万二千円」
 これがボーナスの額だった。俺は一瞬激しいめまいに襲われた。口から泡を吹いて倒れそうになった。世界がずぶずぶと沈み込んでいくような感覚を味わった。何だこれは。俺のボーナスは給料の一月分じゃなかったか…… どうやら、俺が一月分と思っていたのは実は半月分で、しかも中途入社だから元々低いボーナスがさらに低く支給されたようだ。作家の広津和郎が、毎夕新聞に務めていた頃(「蒲団」で有名になった永代静雄が社会部長を務めていた)、年末にボーナスが出たが、額が少なすぎるので「餅代」という名称で配られたというエピソードを『年月のあしおと』の中で書いていたが、まさに俺のもボーナスと呼ぶには恥ずかしすぎる金額だった。
 しかし、どうにもならないので、それを全て風俗代に充てることにし、それ以外は十二月分の給与から出すことにした。
 とにかく、金は確保できたので、あとは予約するだけだが、なにせ金額が金額なので指名する嬢から衣装、そしてシナリオに至るまで慎重に設定しなければならない。
 自分は精神的な意味で「マゾ」だということを数年前から自覚していたので(むち打ちとかロウソク垂らしみたいな、本格的に痛そうなのはNO)、方向性としては、男が悪女に犯されるというプレイを考えていた。俺はAVを視聴している時でも、感情移入しているのは女優側で、その相手も女、つまりレズビアンものを観て、自分が「女」になった気分でオナニーしていた。女優が男装し、女から犯されているものを観ることもあった。子供の頃、母親にヒーローではなくヒロインの人形を買ってもらった伏線がここにきて回収されたのかもしない。
 ということで、実際のセックスの時でも自分が「女」であれば完璧なのだが、それはないものねだりとして、とにかく冷酷な雰囲気を持った女を相手役には選ぼうと思い、サイトのプロフィール写真を順々に見ていったが、目元を手で隠している人が多く、容姿ではいまいち決め手に欠けた。プロフィール写真では、それぞれがヒロインのコスプレをしているのだが、何人か悪役っぽい衣装を着ている人がいて、その中から二十七歳のヒカリという女を選んだ。悪役っぽいというのは、全身が真っ黒だったからという単純な理由。しかし、そのボンデージをモデルにした衣装自体にはあまり魅かれなかったので、本番では「バットウーマン」風というのを選択することに。それが、具体的にどんな衣装かというと、黒のハイレグ、黒のロング・ブーツ、金のベルト、紫のマント、それからバイクのゴーグルといった組み合わせ。バットウーマンは別に悪役ではないが、数ある衣装の中でそれが一番悪役っぽく見えた。ちなみに、プレイ中にヒロインを倒すための道具というのもあって、光線銃とか近づけるとヒロインが怯む石とか色々あり、その点も凝っていた。
 さて、シナリオだが、まさかドラマみたいに何ページも書くわけにはいかないし、そもそも俺も相手も覚えられない。だから、セックスへの導入として、二言三言程度で済ませればいいのだが、それすらもなかなか思いつかない。善側である男が、悪側である女に捕まって犯されるというところまでは決まっているが、具体的なセリフとなるとまるで出てこない。
 店のサイトで、出勤スケジュールが発表されるのは毎週日曜日。有給の申請は最低一週間前にするのが、暗黙の了解でもあったから、スケジュール発表前の十八日(金曜日)に二十五日の有給をとった。平日を選んだのは、その方が客(ライバル)が少なく、プレイが丁寧になるような気がしたから。ヒカリの出勤を見ると毎週金曜日には出ていたから、二十五日にしたのだが、まあ、ダメだったら別の人でもしょうがないと諦めていた。
 とにかく、スケジュールの発表される日曜日の夜までにはシナリオを仕上げ、自分の希望が確実に通るよう、すぐにでも予約できる状態にしたいと思い、その前の週から一週間、仕事終わりにパソコンに向かい続けた。大江健三郎アメリカ文学とかを読んで純文学の小説家を目指していた俺が、純文の「ジ」の字もない、風俗のためのエロシナリオに必死になって取り組んでいるこの状況を冷静に見つめると、自然に自嘲的な笑みがこぼれてしまうこともあったが、設定した期限が近づくにつれ焦りの方が勝ってきた。そして、とうとう一文字も思いつかないまま日曜日になった。締め切り間近になっても何も書けないストレスから妻をぶん殴っていた井上ひさしと同じくらい追い詰められていた。
 その内に、シナリオが書けないのは、どうも自分が構築しようと思っている世界に本気になれていない、入り込めていないからだと気づいた。
 それで、参考にしようと思い、レッド・ルーフの作品の中でも特にお気に入りのやつを何本か見直した。AVを初めてオナニー以外の用途で使った。それでもイメージはなかなか湧かなかったが、女優が男装している作品を視聴したら、ようやくその世界観にのめり込めるようになったのか、眠っていた想像力が少しずつ動き始めた。そして、書き上げたのが以下のやり取りである。

 

男「バットウーマン、ついに見つけたぞ。逮捕する」
光線銃を撃つも、まったく効かない。
バットウーマン「あら、私にそんなもの効くと思ったの?」
銃を奪い取るバットウーマン
バットウーマン「撃たれたくなかったら、そのまま服を脱いでベッドに行きなさい」
ベッドに横になる男
バットウーマン「私の性奴隷にしてあげる」

 

この後は、逆調教コースのような流れでお願いします。

 

 OK、わかってる。これ以上何も言わないでくれ。俺もこれで岸田國士戯曲賞をとろうとは思っていない。

 

次のページ

ラブホテルのスーパーヒロイン③

 レッド・ルーフの作品を初めて購入したのは、多分高校二年ぐらいだっただろうか。それまでは、サイトのサンプルとかYouTubeやエロサイトに違法アップロードされた数分程度の断片しか観られない、食べ飽きたオカズを強引に消化するような不満足な日々を過ごしていたのだが、レッド・ルーフが出版事業にも実験的に手を伸ばしたことがあって、その時にDVD付きのムック本を五号くらいまで出したのだが、それが三千円程度とかなり安く、一万円で外れをつかんだならダメージも大きいが、三千円なら許容範囲と、秋葉原にあるレッド・ルーフの運営する販売店に赴いたのだった。
 それは、小雨が降りしきる鬱陶しい日だった。販売店は、駅から少し歩いたところの、薄汚れた雑居ビルの地下にあり、誰にも見られていないことを入念に確認してから、狭く急な階段を慎重に下りた。壁に設置された赤いライトと蔦模様の壁紙が、悪者のアジトのようなおどろおどろしい雰囲気を醸し出していた。下りると、入口の横に、撮影に使ったマスクやスーツといった小道具がガラスケースの中に展示されていた。ピンチシーンの撮影に使ったことを示すため、あえてボロボロのものが飾ってある。中にはいると店内は薄暗いうえかなり狭く、すれ違うだけでも苦労しそうな感じだったが、幸い客は誰もいなかった。万引き防止のためか、レジは入口のすぐ脇にあったが、互いの顔が見えないように、小さな受け渡し口以外はスモークガラスのようなもので覆われていた。段々と背徳感が襲ってきて、心臓が病的なほど鼓動し始めた。
 濃厚な赤色ライトに照らされながら、全身一本のペニスとなって、棚を物色していると、在庫整理なのか、数年前の作品が三本セットになって抱き合わせで販売されているのを見つけた。直売店オリジナルの商品らしい。これなら経済的だが、色々迷った挙句、当初の目的通りのブツを購入した。
 家に買ってからゆっくり鑑賞しようかと思っていたが、店に入った時からズボンが苦しくなるぐらいパンパンに勃起し続けていた俺は、どうしても我慢できなくなり、目を血走らせつつ、適当なネットカフェに猪のごとく突入した。そして、黒い袋から中身を取り出し、付属のDVDをパソコンのドライブに挿入した。既にパンツはやや濡れていた。動画再生ソフトが起動するまでの間、オナニーへの大いなる助走として、ムックの方を流し読みした。新作の紹介と女優のインタビューで構成されたそれは、脳味噌が性欲のクリームで覆われてしまった俺にはまるで物足りなかったが、DVDの方は、レズビアン要素のある、素晴らしいもので、三千円以上の価値があった。
 しかし、問題は多量の精液を放ったティッシュを捨てる場所がなかったこと。仕方がないので、(オナニー用の)ティッシュは備え付けられているのに、ゴミ箱がないという画竜点睛を欠くその部屋から出る前に、黄ばみ始めた使用済みティッシュを何重にも新しいティッシュで包んでから鞄に入れ、外に出た。それで、ゴミ箱を求めて歩いているうちに、唐突に梶井基次郎の「檸檬」を思い出し、この紙の爆弾をどこかに置いてこようかなんて考えたのだが、さすがに本屋に放置するほど反社会的な人間ではないので、野球ボール大のそれを、自宅近くの歩道橋の端側に捨て、朽ち果てていく様子を毎日観察しようと試みた。そして、しばらくそれはそのままになっていたが、溶けて地面と一体化する前に、いつのまにか誰かに片付けられ、きれいさっぱりなくなった。

 

次のページ