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ナイジェル・ウィルソンとシャーマン・オバンドー

 僕が日本ハムファイターズのファンになった2000年頃、野手の助っ人として二人の外国人選手がチームに在籍していた。ナイジェル・ウィルソンシャーマン・オバンドーだ。オバンドーの方は、99年~02年と04年~05年まで日本ハムに在籍した。ホームラン・バッターであると同時にアベレージも残せる外国人選手としてチームに貢献。一度解雇されたが、04年には自腹で来日し、年俸1000万円という破格の安さで再入団。ファイターズの歴史を語るうえで欠かせない助っ人選手だ。

 一方のナイジェル・ウィルソンは、97年~01年までファイターズに在籍し、02年の一年だけ近鉄でプレーした。来日してから二年連続でホームラン王を獲得した強打の選手である。彼は近鉄のローズと仲が良く、バファローズに移籍したのも、ローズの口利きがあったからだとされている。登録は外野手だったが、DH専門の選手で、彼が公式戦で守備についたことは恐らく一度もない。スカウトがウィルソンを獲得する時に、「どこを守れる?」と聞いたところ、「DHだ」と返したという逸話があるぐらいに、守備とは無縁の選手だった。パワプロ2000では肩・守備ともに「G」という査定がされていて、小学生だった僕は非常に驚いたものだ。

 オバンドーもウィルソンも、強打者だが怪我が多い選手だった。しかも、小さな怪我ではなく、シーズンを棒に振るような大怪我をしている。フルで出場できれば、活躍間違いなしなのだが、途中で離脱してしまうから、チームとしてはやりくりに困る。唯一二人がそろって活躍したのは2000年。この年のファイターズは「ビッグバン打線」というあだ名で呼ばれ、小笠原、片岡、野口らの活躍もあって、12球団の中でもトップクラスの強打を誇った。しかし、投手の方もビッグバン級にノックアウトされ、リーグの順位は3位にとどまる。そして、翌年の2001年は、ウィルソン、オバンドー共に長期離脱。投手陣も去年同様崩壊し、最下位に沈んだ。ウィルソンはこれが日本に来てから二度目の長期離脱だったので、さすがに解雇された。一度目の長期離脱は99年で、この時ファイターズは、ウィルソンの代わりとしてマイカ・フランクリン(眼鏡をかけていたのが印象的だった)を雇った。フランクリンは、ウィルソンの穴を埋める活躍を見せたが、翌年はウィルソンが復帰し、外国人枠の問題で二軍暮らし。シーズン途中で、阪神に放出されたが、活躍はできなかった。

 ちなみに、岩本勉によれば、オバンドーは避妊をしないせいで、あちらこちらに子供を作っているらしい。また、一物も巨大らしく、東京ドームで怪我をして、医務室に運ばれた時、看護婦がそのあまりの大きさにびっくりしたとか(『ガンちゃんの世界一おもしろいプロ野球の本』より)。

 ウィルソンは現在、故郷のカナダで野球教室を開いているようだ。

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ガンちゃんの世界一おもしろいプロ野球の本

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