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SALE2編 『五人十色』 村上春樹インタビュー

 今はもうなくなったと思うんだけど、昔フィクション・インクという出版社があって、ラリー・クラークの『KIDS』とかを出版していた。サブカルチャーに強く、『ロッキング・オン』に求人の広告を出していたのを覚えている。

 フィクション・インクは『SALE2』という雑誌を発行していて、『五人十色』(1984年)はそこに掲載された作家へのインタビューをまとめた本だ。聞き手はライターの稲木紫織。インタビュイーは、橋本治村上春樹村上龍金井美恵子山川健一。文芸誌的なインタビューではなく、もっと軽い感じ。日常についての質問が多かったりする。参考までに、春樹へのインタビューを引用しよう。

 

稲木 朝食は何を召し上がりますか?

春樹 野菜とパンとコーヒー。野菜はこの位食べる(サラダボール位に手を広げて)。あと目玉焼き。朝食はいっぱい食べるんですよ、僕は朝からお腹へるから。で、昼はね、もともとソバ食べてたんだけど、今はホットケーキかパンケーキ。そこにドライブインレストランができちゃって、そこのホットケーキが美味しいんでドライブインレストランに歩いて食べに……

稲木 日常生活をとても楽しんでらっしゃる感じがしますが。

春樹 そうですね。それしかないから。(p.61)

 

稲木 自意識は強いですか。

春樹 それほどでは無いと思います。

稲木 自意識と、ものを書き始めたこととは関係ないですか。

春樹 全然関係ない。もの書くのはね、恥ずかしいね。ただ、今はプロでしょ、一応。プロというのはそういう辛いことしてお金稼がなくちゃいけないんだと思うから、あきらめて一生懸命やろうと思うけどね。アマチュアならできないね。よく同人誌なんかやってる人いるでしょ、わかんないですねえ。

稲木 ある意味でラッキーだったと思いますか?

春樹 うん、ラッキーです。というのはアマチュアの時期が全く無いわけじゃない、っていうか、あのね、約四ヶ月位アマチュアの時期があるわけだけど、その時は小説書いてること黙ってるでしょ。人に言わないでしょ。知らなきゃ何も無いわけじゃない。で、出ちゃえばプロでしょ。あれはもう強みだったね。(p.63)

 

春樹 僕もね、仕事でわりに好きでインタビューするわけ、他人に。僕がインタヴュアーになって。とてもおもしろいですね。でもやっぱり僕の場合、相手を自分の眼の中に嵌め込んじゃう。だから、インタヴュアーとしてはそういう面は弱いね。一つのフレームの中に収めちゃうからね。それはやっぱり書く人の眼になっちゃってるから難しいよね。だから相手に悪いなと思うよ、時々。プロのノンフィクションライターがインタヴューするとそれやっちゃうね。僕なんかみてると、良い悪いは別にして。例えば、アメリカのローリングストーンとかエスクワイヤのインタヴューもそういう傾向が……ゲイ・タリーズの影響なんだけど、強いね。インタヴューって難しいですよ。(pp.70-71)

 

稲木 どんな少年でしたか? 何か、少年時代を全身で受けとめながら、とても大事に生きてこられた方、という印象があるんですよ。

春樹 うん、あの、それほど屈折した少年時代ってのはないですね。非常に平和に穏やかに……図書館に本を借りに行ってさ、ピアノを習いに行って、とか……犬がいて……今の子供ってみんなそういうとこあるじゃない。わりとみんなまともでしょ。そういう中産階級の子の代表みたいなかんじでがんばらねば、と思うわけ。だから中上健次さんとかさ、わりにすごいゴタゴタした少年時代をおくって、みんな多かれ少なかれそういう暗いものを背おってさ、小説を志したりしてるわけでしょ。それはそれで別に非常に当然の事だと思うんだけど。そうすると今の若い子が、僕は何も無いから小説なんて書けないって言うわけね。例えば、学生運動も無かったし、闇市体験も無いし、戦争体験ももちろん無いし、何も小説なんて書く事無いですよ、って言うわけね。そうじゃないと思うのね。どんな平和な風景の中にもさ、必ず小説にすべきものは潜んでるものなのね。だから、何も無かった事は、僕は自分では良いと思ってる。学校もまあ、わりに穏やかな、気持ちの良い学校に行って、男女共学で女の子が半分位いて……(p.72)

 

稲木 村上さん、親しい友人ていらっしゃいますか?

春樹 別にいないですね。ほとんどいないね。時々、女房の友達で、やっぱり夫婦……結婚してる人多いでしょ……だからよく夫婦同士でさ、集ってスクラブルゲームをしたりお酒飲んだり、そういう事はありますよ、夫婦単位でね。ただやっぱりサシでお酒を飲むとかね、そういう事は無いね。

稲木 何となく、大の親友が一人か二人いるようなそんな気がしてたんですが……

春樹 いないんだよね。

'(中略)

稲木 とことん話したりはなさらない?

春樹 そういうのは絶対無い。それすると、次、会う時恥ずかしいから。僕は自動制御装置が利くし、そういうのが利くのを理解してくれる人としか長くつきあってられない。僕の住んでいた神戸から芦屋のあたりってのは、中産階級から中産階級の上位で、わりにそういうところで生活意識みたいなことはきちんとできてるのね。だからみんな礼儀正しいよ。僕の友達なんて、僕の家に遊びに来ると、本当にみんなおとなしくてね。良さそうなお友達って感じでいるわけ。(pp.74-75)

 

春樹 動物の良いところは自己弁護しないところですよね。人間てのは究極的には自己弁護の動物なわけね。そういう面で、ダメですねえ。

稲木 そうですか。一見、自己弁護に聴こえても、言葉によって本当の事が言える場合もあるんじゃないか、と信じたいですけどね。

春樹 ただ、いろんな言い方があるという認識はなくちゃいけないと思うのね。例えば、ものすごくケガして痛いって時があるわけじゃない。で、非常にリアルに痛いと真実を告げる事はできるわけじゃない。でもそれを我慢して言わない人もいるわけじゃない。そういう人がいるという可能性は思ってて欲しいわけね。でも、そういうの無しにしちゃって、ほんとうに痛いんだと言う人がいると辛いね。痛いのはわかるけれど、そういう可能性がある事を認識して欲しいという気持ちはあるね。

稲木 過剰な表現や、表現の一人歩きや、大した事ないのに騒ぐ人とか、じっと耐え過ぎて、おかしいんじゃないのって言われちゃう人とかいろいろいるわけで……

春樹 僕はその口に出して痛いと言わない人が割食う世の中はいけないと思う。痛い痛いと言っちゃった方が同情されるから。……と、思うわけです。(pp.77-78)

 

稲木 村上さん、自分も大人になってきたな、と感じ始めてきたのはいつ位ですか?

春樹 いやあ、まだねえ、まだ、子供のような気がするね、時々ね。

稲木 いつまでたっても、ああ大人になったなという認識なんて、無いのかもしれないけど、小さい頃の、ただやみくもに恥ずかしくて、ちょっとした事が気になって……というあたりから少しずつ解放されてくるようなね、今ならある程度、みんな他人のことそう一々気にしないとわかってきたけど、その頃はみんなが気にするんじゃないかと回りくどく考えてて、夜、眠る前に今日自分はアレ言ったコレやった、と思い出してワーッとか思っちゃうでしょ。

春樹 僕今でも思うけど。いや、僕ね、風呂入るとね、いろいろ思い出すのね。風呂入って二十分位は、バカだなチキショウ俺まいったな、とかどうしたらいいのかな、とか、それ口に出しちゃうらしいのね。で、女房が気持ち悪がってさ。で、最近ほとんど出ないわけね、外に。それでも何かあるのね。原稿てさ、書いちゃった後で、あるね。だから僕、一週間位間を置くわけね。その間にハッと、あんな事書いちゃいけないんだと思うと、階下へ行って一生懸命書き直すわけ。でも、一週間のタイムラグがとれない時は、後で後悔する様な時が多いですね。特に、あの、文章の場合は一回書いちゃうと消せないじゃない、活字は。で、みんなに言い訳して回るわけにいかないじゃない。実は僕はこういう気持ちで書いたんです、って読者に一々言って回るわけにいかないから、それは辛い。だから大人になったという感じはあんまり無いね。というのはさ、まず、大人になる儀式というのは、大学を出て就職をして結婚して子供つくって、というふうにしてだんだん段階的に同化してゆくわけね、社会のクラスの中に。僕の場合はそうじゃないのね。まず結婚して職持って、それから大学卒業したんだよね。全く逆になっちゃって……で、子供いないでしょ。とするとさ、何か社会人になったという気持ちは全く無いのね。どっかで済まし崩し的に生活している、という感じはするね。やっぱり会社に入ると、一番下から少しずつ中堅になって部下もできて、ということがあるでしょ。で、僕、それは一切無いでしょ。だからね、わかんないね。例えば、今、僕こういうのしゃべってるけどさ、サラリーマンになると、僕だったら係長位かな、年代的に……。そうだったらこういうバカみたいなしゃべり方できないじゃない。普通、あのさ、それでさ、とかさ……例えば、仕事の話してる時にね……今、仕事の話してるでしょ、で、実はさ、って言って眼鏡いじってさ、眼が見えなくてカメラのレンズが……なんて言ってられないでしょ。でも言えるわけだよね、こういう生活してるとさ、何か申し訳ないというか……大人じゃないのね。子供いないでしょ。子供いないとさ、自分が年取ってるという実感が無いのね。お父さん、僕もう小学校入ったんだよ、おお、入ったか、って言ってね、その次に、給食費もらうって言って、ああ俺も子供に給食費わたす年になったのか、とかさ。そういう感慨があるわけじゃない。家の場合、猫がいるけどさ、猫はねえ、そんなに大きくならないんだよね。だから何かねえ、まだ朝起きたら大学行くんじゃないか、という感じは残ってるね。

稲木 宿題しなきゃ、もっといい原稿書かなきゃ、って感じ?

春樹 そうそうそう。(pp.78-80)

 

春樹 高校の時は普通だったんだよね。それが大学入って……おもしろくなかったのね。で、無理してたわけ、クラスなんかにいても。そのうち何かそういうふうになっちゃったの。その頃はわりにきつかったみたいね。みんな僕の性格がきついと思ってたみたいね。それが大学でちゃうとね、何か子供っぽくなってきたね。

稲木 大学出られてから、村上さんの回り(ママ)の環境から推測すると、世の中の規範にのっとって行くやり方を受け容れざるを得ないような感じがしますが。

春樹 ああ、僕、就職しようと思ってたのね。それがさ、TV局にコネあるから就職しようと思って行ったんですよ。だけどね、おもしろくないんだよね。だってTV局っていったってさ、演歌なんかやってるわけでしょ。いくら仕事でも、好きじゃない音楽の番組なんてやりたくないもの。そういう面ではわりとはっきりしてる。(pp.81-82)

 

稲木 村上さんにとってアメリカ的なるもの、とはどういう事ですか?

春樹 うーん、人間の情念というか、そういうものを避けたいと思って生きてきたわけね。で、そういうものと日本的なものが自分の中でオーバーラップしちゃってるのね。だからアメリカに行けばそういうのが避けられるという気がしたわけ。避けられるわけ無いんだけどね。だから僕は行かないわけ。行ったらそこにアメリカ的な情念があるからね。僕が考えるアメリカ的というのは、フィクションなんだよね。例えばジャルパックと同じよ。ジャルパックでウェストコースト云々ていうのは、あれはもちろんフィクションなわけじゃない。それと同じですよね。だからジャルパックとしてのアメリカと同じようなもので、僕にとってのアメリカというのを自分で設定してるわけね。で、そん中で自分的な情念というのを避けて、やってるわけです。(pp.84-85) 

 

稲木 最近、おもしろかった本は、何かありますか?

春樹 う~ん、何があったけなあ……あ、あのシリーズでおもしろかった。あの、竜の何とかってあるでしょ、そこに……文庫本で(と、本棚を指差す)。あのね、これ、竜の三部作なの。竜がすごく可愛いんだよね。ハヤカワのね、ええと、マキャフリイ。この人のは、竜シリーズでね、非常にファンタジーでね。こんな竜がいるわけ(と、表紙のイラストを見せる)。これに乗ってね、みんなで戦うわけ。(p.93)

 

稲木 村上さん、おしゃれですか?

春樹 いやあ……あんまりお金かけてしたことはないですけどね。ただ、店やってる時はね、シャツだけはすごく気をつけてた。っていうのは僕、店やってわかったんだけど、例えば僕が三十着ワイシャツを持ってて毎日換えるでしょ。それを見に来るだけで来る人いるんだよね。そういうものなのね。だから、同じシャツを着ないということをショーアップするんだよね。汚ないわけじゃない、昨日と同じシャツ着てさ……すごく見た目に……何か食べに行ってさ……汚いでしょ。で、違うシャツ着てます、っていうの見せるの。三十何着持っててさ、自分でアイロンかけてきちんと吊っとくわけね。端から順番にローテーション組んで着ていくわけ。

稲木 いつもボタンダウンシャツですか? アイビーファッションがお好きなようですが。

春樹 それほどね……ただ、持ってる服が昔からそうだからさ、急にさ、Y’Sに行って黒いコート買って来ても他のもの困るわけ、靴とかさ。だから、どうしても同じような服買っちゃうけどね。ただ、ワイシャツは好きですよ。昔、映画観てね、好きになったね。「動く標的」って映画で、ポール・ニューマンがシャツを汚してロバート・ワグナーに貸してくれって言うわけ、シャツを。で、いいよ、どれでもとっていいよ、って、ロバート・ワグナーが言ってワードローブを開けると、これ位さ、シャツが並んでるわけね、プレスしたばかりの……。それを見て、あれ位、シャツが欲しいなと思った。高校生の頃かな。

稲木 シャツはいつま御自分で買う?

春樹 僕、洋服は全部自分で買います。靴下から下着から全部。

稲木 奥様の洋服を買ってあげる事は?

春樹 そういう事絶対無い。

稲木 こういうの着て欲しいといか……

春樹 そういう風に思った事無いなあ。それだけは困る、というのはあるけれども。むちゃくちゃなの着てくるから。時々、ほっておくと……。

稲木 でも、いっしょに住んでれば、だいたいお互いの好みみたいなのわかりますよね。

春樹 わかんないです。

稲木 村上さんがアイビーだからといって、もちろんボタンダウンのワンポース着たりはなさらないでしょ。

春樹 まあ、そういうことはまるっきり無いですね。我道を行く、という感じで……

稲木 奥様はどんな服装がお好きなんですか?

春樹 何買ってるかなあ。いっしょに買い物に行くとね……あ、あそこ好きだね、青山にある「アフタヌーン」て店。

(中略)

稲木 女性の服装に、興味無いでしょう?

春樹 無いね。僕はあんまり、人の事は気にしないね。(pp.93-96) 

 

稲木 どうして作家になったんですか? 読者で居ずに、出す側にも回った、というか、そういう役を引き受けるようになったんですか?

春樹 うーん、だからねえ……それがねえ、弱点なのね。というのは、僕はジャズ喫茶のマスターで平和に生きたかったわけ。平和であのままやりたかったわけね。……千駄ヶ谷の店は広過ぎたけど、ゆくゆくはもう少し小さい店やって、何を思うともなくね、心静かに生きたかったの。でも、それはできなかったの。というのは、それだけ、自我みたいなものはね、やっぱり消そうと思っても消せないよね。それは本当にそう思う。僕は、自分で消せたと思ったんだけど、消せなかったね。あなたは幾つですか、今?

稲木 私は二十五です。

春樹 二十五ですか。あの、二十九になればわかると思うけど……二十九というのはさ、曲り角なのね。で、それまではつっぱりでやれるのね。俺はもう世の中に欲は無い、と。ジャズ喫茶のマスターで気持ち良く生きて暮らすんだと……(pp,101-102)

  

 結構、考えながら喋っているというか、回答に迷いが見られる。はっきりと答えたくないというか、感情にブレーキをかけているような印象。

 他のインタビューでは、金井美恵子のものがある意味面白い。「何を聞いてるんだ?」みたいな風に、インタビュアーが逆に突っ込まれていて、金井節が炸裂している。

 村上龍のものは、『だいじょうぶマイ・フレンド』撮影秘話になっている。

  

竜の戦士 (ハヤカワ文庫 SF 483 パーンの竜騎士 1)

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