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サンドウィッチマン 『敗者復活』

 サンドウィッチマンがお笑いコンビの中で一番好きかもしれない。ネタは当然面白いと思っているし、あと、強面だけどガツガツ前に出ていかないというか、与えられた仕事を確実にこなす職人的なところに魅かれているのかも。

 それで彼ら二人のパーソナリティにも興味を持ち、M1優勝後に出版された『敗者復活』を読んでみたのだが、これが素晴らしい本だった。陳腐だけれど、「感動」という言葉が、読了後真っ先に浮かんだ。

 この本は、二人の出生から、M1優勝直後のことまでが語られている。構成としては、「富澤」パートと「伊達」パートがだいたい交互に現れるようになっていて、二人の物の見方の違いがよくわかって面白い。基本的には伊達が陽性で、富澤が陰性。富澤は本書の中で、「出しゃばる性格ではない。まず引っこんで、後ろから場の流れをジーッと見る。空気の流れとか、人の特性を見極めて、ここぞというときに、一番いい方法で自分の個性を出してゆく」と言っている。根っからの策士であり、M1で優勝した瞬間、伊達に抱きついてみせたのも、「感動もあるけど、正直、こう映ったらカッコいいんじゃない? という計算もあった」という。そうした客観性が、M1優勝に繋がったのは間違いない。「ネタ自体には自信があったけれど、勝負するには、M-1バージョンにマイナーチェンジする必要がある」とも富澤は書いている。

 そんな富澤だが、売れない時はやはりきつかったようで、2004年には解散話を伊達に持ち出したりした。この時、富澤の様子がおかしかったので、伊達は富澤が自殺するんじゃないかと考えたらしい。伊達は富澤の性格を、「僕みたいに外向きの性格じゃないから、悩みを全部溜め込む」と評している。

 二人の人生に転機が訪れるのは2005年。『エンタの神様』で地上波デビューしたのだ。2007年にM1で優勝した時は、「無名」というのが強調されたが、実際は、2005年ぐらいからネタ番組にはちょくちょく出ていた。『エンタ』の収録では、客の笑い声が大きすぎてピンマイクに入ってしまい、撮りなおしになったとか。

 しかし、それまでが苦難の日々だった。98年にコンビを組んでから、7年近く売れず、事務所を辞めたり、トリオでやってみたりと、思考錯誤する日々。お笑いの仕事は全て小さな営業で、時にはヤクザ関係の仕事までやらなければならなかった。売れない芸人に対する世間の目は厳しい。伊達は「貧乏暮しに巻き込みたくない」という理由で、10年間付き合っていた彼女と別れた。こうした下積み時代があるからこそ、M1優勝の記述がより輝くのだ。「敗者復活」からの栄光というのも、サンドウィッチマンらしく思える。この感動はノンフィクションだからこそ味わえるものだろう。面白い物は結果がわかっていても、面白い。

 

敗者復活

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