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植草甚一 『アメリカ小説を読んでみよう』

評論

 雑学の大家植草甚一が、自分の好きなアメリカ小説(他の外国文学も少し出てくる)を語るエッセイ集。カバーの絵がノーマン・メイラーなのは、時代を象徴していて、ここに出てくる作家のほとんどが50年代から60年代の現代(当時)作家たちだ。テネシー・ウィリアムズやジョン・オハラの新作について語る様は、味があり、対象を読んでみようと思う気持ちを存分に起させる。なぜなら、当の植草が本当にそれらを好いているのが、こちらにも十分伝わってくるからだ。なにより、背伸びせずに、思ったままのことを軽妙に書き表すので、こちらも一切身構えることなく、植草の文学観に浸れる。文学をここまで優しく語れる人間は、ほとんどいない。

 中でも、「ぼくの好きな50冊の小説」という章は、植草の審美眼がきらりと光る。といっても彼のチョイスは、かなり独特だ。恐らく、ここで挙げられている小説は、日本は勿論のことアメリカ等でもほとんど読まれていない。新品で手にはいるかどうかも怪しいぐらいだ。キングズリー・エイミスドナルド・バーセルミはいいとして、アーサー・コピットとかジェレミー・ラーナーなんてもはや誰も知らないだろう。邦訳も出ていないし(ちなみみにここでも取り上げられているジェレミー・ラーナーのDrive, He Saidジャック・ニコルソンにによって映画化されている)、米アマゾンでさえ誰もレビューを書いていなかったりする。しかし、そんなマイナー小説群も、植草のレビューがつくと、途端に読んでみたくなるのだ。惜しむらくは、原書のタイトルと作家名が記載されていないこと。読者は、植草のつけた邦題とカタカナの作者名から、原書と作家のスペルを推測しなくてはならないので、検索するのにいくらか労力がかかる。晶文社も復刊するに当たって、この辺の配慮はしてもよかったのではないか。

 「ぼくの好きな50冊」以外にも、丸谷才一佐伯彰一との鼎談や、ナボコフに関する記事など、ガイブン好きではあればひっかかるところは多いと思う。この本が、ガイブンの豊饒な世界へ旅立つ後押しをしてくれる。