坪内祐三×西村賢太 「対談 ダメ作家グランプリ」

本の雑誌」2015年12月号では、「太宰治は本当に人間失格なのか?」という特集を組み、西村賢太坪内祐三による「ダメ作家グランプリ」と題した対談を掲載している。坪内と西村は共に日本近代文学に造詣が深いから、今回の特集にはうってつけの人選だろう。これまで何度か対談してきた二人だが、今回の内容が一番文学マニア度が高い。面白かったエピソードを抜きだしてみる。

 

坪内 (前略)田中英光の伝説で俺が好きなのが、あの人、酒乱でしょう。で身体は百八十センチ。今、バス停って地中に埋まってるけど、あの頃は大きな石の上に置かれていたよね。そのバス停を持って歩いて全然デタラメなところに置いちゃう(笑)。

西村 たぶん作家の中で一番の酒飲みですよね。坂口安吾が、とてもじゃないけどこいつには勝てないと。(p.13)

 

西村 でも、英光よりも、どちらかと言うと織田作のほうがダメ人間ですよね、田中英光はサラリーマン生活も軍隊生活もしてるけど、織田作は新聞記者をやっても、わりとすぐ辞めちゃってますからね。社会的に通用しないという点では織田作のほうが上。安吾、太宰、英光、織田作の四人の中では一番の苦労人ですが。魚屋の倅だし。ほかの三人はそれぞれ親が名士なんですよ。裕福な家で生まれ育ってる。(p.13)

 

西村 (近松)秋江は晩年も、失明はしたけど。七十近くまで生きましたから。あの人がダメと言われるのは小説の内容のイメージと、人に軽んじられるキャラクターゆえですよね。

坪内 不思議だよね。秋江って博文館に勤務してるし、中公にも勤務して、西園寺公望が開いた文士招待会の人選もしている。意外と重要なことをしているんだよね。(p.14)

 

西村 明治でリアルにダメな作家というと柵山人。漣山人の弟子で、泥棒をやって刑事事件になってそのまま消えた人なんですけど、これが人間としては一番ダメだったんじゃないかと。

坪内 一番ダメなんだけど、宮武外骨が柵山人の小説全集を出してるよね。(p.14)

 

──女性にモテなくて追いかけておかしくなっちゃうタイプとモテすぎて身を崩すタイプがいそうですよね。

西村 小説で一番書いたのは秋江ですよね。「別れたる妻に送る手紙」にしても。秋江の場合はガチで、全集にも載ってますけど、書簡集に脅迫状も載ってるんですよ。今だったら完璧に逮捕されるレベル。逆にモテすぎの作家というと……。

坪内 昔は素人と素人じゃない人で分かれてた感じがするよね。

西村 むしろ女性の作家のほうがモテてたというか奔放なのが目立ちますよね。宇野千代とか真杉静枝。ただ、真杉静枝なんて小説は一つも面白くないでしょう?(p.15)

 

坪内 貧乏ネタだと、(中略)岡田睦という作家がいて、これはちょっと自慢になっちゃうかもしれないけど、「新潮」に載った短編がかなりやばいことになってて、「岡田さん、すごいよ今」って群像の編集者に言ったんだよね。それが『明日なき身』という本にまとまった。あまりにもすごいから「en-taxi」にも二本くらい書いてもらって。

──この本も帯がすごいですね。「妻に逃げられ、生活保護を受けながらも、自分勝手なダンディズムを貫いて生きる」

坪内 岡田睦さんはね、この段階で三回くらい結婚していて、最後の奥さんに逃げられた。家の権利は、その最後の奥さんが持っていたの。だから立ち退かざるを得なかったんだよね。立ち退いて、生活保護を受けるしかなくて、それで六畳一間みたいなところに引っ越すわけ。だけどそこは暖房がなくて、キッチンのガスコンロでティッシュなんかを燃やして。

西村 室内焚き火してたんだ(笑)。(p.16)

 

 西村 あと、倉田啓明なんかはどうですか。谷崎の贋作をして捕まった人。明治から昭和十五年くらいまで書いていたんですけど、僕が知っている限りでは、一番。ただ、笑えないダメ人間なんですよ。

坪内 本物ってことだね。(p.18)

 

西村 前借しても、書ける能力がある人は全然ダメだとは思わないんですよ。たとえば田中英光は出版社に相当な前借をしてたんですけど、でも、ものすごく書いてるんです。(中略)その一点だけで、英光はダメ人間じゃないと僕は言い切れるんですよ。どんなに暴れようと、愛人の腹とか刺したりしようと、小説はしっかり書いてる。藤澤淸造もそう。

(中略)

西村 借りまくって書かない作家は、本当にクズだと思いますね。たとえば大坪砂男。ただでさえ寡作なのに、さんざん借りまくって。しかも編集者を誘い出してはメシをたかって、書くって約束しても書かない。(p.19)

 

「前借しても、書ける能力がある人は全然ダメだとは思わないんですよ」という西村の発言は、この対談の中で一番のパンチラインかもしれない。

 後は、山田順子川崎長太郎の話とか、能島廉の『駒込蓬莱町』を坪内が買い占めて西村が手に入れられなかったという話などが面白かった。この対談の後には、小谷野敦による「太宰より面白い!? 壮絶私小説十作」*1とうい文章があり、そちらも必見だ。

 

本の雑誌390号

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黒髪・別れたる妻に送る手紙 (講談社文芸文庫)

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明日なき身

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明日なき身 (講談社文芸文庫)

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 『明日なき身』が文芸文庫入りした。

駒込蓬莱町―能島廉遺作集 (1965年)

駒込蓬莱町―能島廉遺作集 (1965年)

 

 

*1:選ばれている小説は以下の通り。近松秋江「疑惑」里見弴『安城家の兄弟』円地文子『朱を奪うもの』『傷ある翼』『虹と修羅』宮本百合子『伸子』『二つの庭』島尾敏雄『死の棘』耕治人『天井から降る哀しい音』『そうかもしれない』萩原葉子『蕁麻の家』吉村昭『私の文学漂流』勝目梓『小説家』車谷長吉「抜髪」