板東英二 『プロ野球 知らなきゃ損する』

 野球選手も人間である。人間であるからには、金・女・嫉妬といった俗世間のしがらみから簡単に逃れることはできない。いや、むしろ彼らはそういったものに、人一倍敏感にならざるをえない環境に身を置いているとも言える。オフシーズンになれば年俸が話題になるし、ドラフトでは自分のポジションを奪うかもしれないライバルが入ってくるし、なまじ体力があるから女との付き合いも派手だったりする。しかし、そういったことは、中々選手本人の口から語られることはない。

 板東英二の『プロ野球 知らなきゃ損する』は、野球界を「欲望」の観点から眺めた著書である。この本が出たのは1984年だが、この時板東は売れっ子のタレントで、コーチや監督といった球界のインサイダーとなる道を完全に断っていたから、こういう本が書けたのだろう。逆にいえば、将来監督やコーチになろうと考えているなら、思い切ったことを言うのは難しくなる。

 文章は板東の関西弁をもとにしているので、読みやすく、ポップである。また、常に身も蓋もなく、球界の建前をぶった切る姿勢はある種痛快で、常識が次々とひっくり返っていく。

 俺が、「へえ」と思ったのは、例えば元巨人の中畑清が、「こんなに神経質で、デリケートな男はおりまへんで」という件。確かに、ただの剽軽者だったら、日本プロ野球選手会の初代選手会長に選ばれることはないだろう。あの派手なパフォーマンスは、気配りが行き過ぎたうえでの行為らしく、根っこのところは暗いとか。

 さらに、選手がデッドボールを食らった時の監督の本音。

 

 主力選手がデッドボールをくらう。ベンチからバッターボックスへ、ひた走る間に監督はこう考えます。

〈あのバカたれが、あんなタマもようよけんと、当たってしまいよった。あの様子じゃ、一週間くらいはあかんやろ。ここであいつを使えんのは痛いなあ。負けがこんだらどないすんねん。ホンマにドアホ! けど、オーナーにあいつがいてへんから負けました。私のサイ配のせいやおまへん。私のサイ配は完璧です、わかっておくんなはれ、とも言えんし……〉

 まあ、こんなとこやと思いますわ。けど、倒れてる選手のそばにいったら、胸のうちを正直にいうことはありません。

「大丈夫か? 痛いことないか?(ホンマによけられんかったんかいな)」

「無理せんと、休んどいたらええ(無理しでも出えよ)㊟()は本音です。

 プロ野球は監督も選手も個人事業主です。そやから、かわいいのは自分ひとり。当たった選手の心配を誰がしますかいな。監督の頭の中は、その選手がおらんようになったときの戦力のことだけですわ。そのために負けがこんだときの、自分のクビだけが唯一最大の関心事なんですわ。

 

 今年で引退した巨人の杉内が引退会見で「心から後輩を応援するようになった。勝負師として、違うかなと感じました」と言った。板東の本にも同じようなことがもっとどぎつく書いてあって、ベテランはライバルとなる若手を潰すために、あえておだてて、彼らが無理をするようにしむけるとか。だから、「他人の意見をきかん、好意(?)を無にする、生意気……。これでないと一流にはなれへん」という。それでも若手に抜き去られたベテランは、「監督にベタッとくっつく」き、将来の安定を確保しようとするとか。とにかく、野球選手からすると後輩というのは、ライバル以外の何物でもないのだ。

 他に、選手にバカにされる監督の条件とか、金田批判とか色々面白かった。生身の野球選手を知りたい人にはオススメの一冊である。