サイモン・ブラウンド編 『幻に終わった傑作映画たち』

 キューブリックの『ナポレオン』、オーソン・ウェルズの『ドン・キホーテ』、 アレハンドロ・ホドロフスキーの『デューン砂の惑星』、デヴィッド・リンチの『ロニー・ロケット』……。完成することなく幻に終わった映画は、「幻」であるがゆえに、魅力的である。なぜなら、そこには、それが一体どんな映画になるはずだったのか、妄想する余地が無限にあるからだ。そして、完成させることのできなかった監督本人こそ、一番の夢想者として、生きることとなる。

『幻に終わった傑作映画たち』は、様々な理由で未完成に終わったりお蔵入りした映画たちの顛末を描いたノンフィクションである。取り扱う範囲は、1920年代から2000年代までで、他に例を挙げると、エイゼンシュタイン『メキシコ万歳』(ちなみに、現在流通しているのは、グレゴリー・アレクサンドロフによる再編集版)、スピルバーグ『ナイトスカイズ』。エルロイ原作の『ホワイト・ジャズ』、コーエン兄弟の『白の海へ』、ジェリー・ルイスの『道化師が泣いた日』などなど……。なかでもオーソン・ウェルズがとりわけ多く、『ドン・キホーテ』、『風の向こうへ』、『ゆりかごは揺れる』、『ヴェニスの商人』と4作も紹介されていて、ウェルズの映画人生の多難さがうかがえる(ちなみに、『風の向こうへ』は、撮影から40年以上経過した、2018年11月2日にNetflixで配信された)。

 本書によって知ったのだが、「Development Hell」(開発地獄)という、映画やゲーム産業周辺で使われる用語があって、文字通り、いくら努力しても開発の進捗が進まない状況を指す言葉なのだが、作品自体の完成・未完成関係なく、使えるらしい(『Tales from Development Hell』という本書でもよく参照されている本があるが、残念ながら未邦訳)。未完成に終わった映画の多くがこの「開発地獄」に陥っているのだけれど、監督の肥大したエゴがその原因になったりもする。例えば、キューブリックの『ナポレオン』は、あまりにも「完璧さ」を求めすぎたために、調査ばかりに時間をかけすぎたせいで、本格的な撮影に入る前に制作がとん挫してしまった。

 それが本当に自分のやりたいことであればあるほど、きちんとした形にするのが難しくなるというのは、この本を読んでいて特に感じることだ。無論、それは映画製作の構造の問題でもある。巨匠たちは未だ誰も成し遂げたことがないような壮大な映画を夢見るが、映画は、小説や音楽と違って、関わる人間とかかるお金が段違いである。大ヒット映画を世に放った制作会社が、次にとんでもない大コケ映画を作ってしまい倒産するなんてのはありふれた話だ。だから、規模が大きくなればなるほど、相当な計画性が求められるわけだが、エゴの肥大しきった監督にそんなことできるはずもない。また、巨匠であるがゆえに、他人がコントロールするのも難しい。

 監督たちには、「こんな画を撮りたい」という一つ一つのイメージはあるものの、それらを繋げる「糸」を用意していないことがある。セルジオ・レオーネが『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』の後に企画した『レニングラードの900日』(仮題)は、レニングラード包囲戦を描く偉大な戦争叙事詩となるはずだったが、オープニングしか構想がなく、計画はすぐに破綻した。これも巨匠だからこそ、その無計画な妄想に周囲が付き合った例だろう。

 しかし、失敗してもタダでは転ばないのが、芸術家である。キューブリックは『ナポレオン』で得た知識と技術をもとにして、『バリー・リンドン』を撮ったし、テリー・ギリアムは、何度も制作が中止となった『不完全な探偵』のアイデアとヴィジュアルを『Dr.パルナサスの鏡』に転用した。ただし、未完成に終わった『カレイドスコープ』を、『フレンジー』という失敗作に変えてしまったヒッチコックの例もある。

 この本で紹介されている幻の映画の中でも、特に魅力的に感じるのは、『ナポレオン』や『地獄』(アンリ=ジョルジュ・クルーゾー)のように、それが実現不可能なほど「空想的」「偏執的」であり、しかし、偉大な作品をモノにしてきた彼らなら、それをどうにかすることができたのではないかという希望をこちらに抱かせてくれるものだろう。巨匠と妄想のコラボレーションを本書では堪能することができる。

「開発地獄」以外にも、キャストが死んだり、制作した本人が秘蔵してしまったために幻となった映画もいっぱいここでは紹介されていて、そちらも興味深い。執筆を一人ではなく、大勢で分担したのも、調査がより行き届く結果になったと思う。シナリオをもとにしたあらすじや当時のヴィジュアルもきちんと掲載されている。面白いのは、架空のポスターが、それぞれの映画ごとに作られていて、そのセンスの良さに、一瞬本物かと思ってしまうほどだ。これもぜひ確認して欲しい。

 

幻に終わった傑作映画たち 映画史を変えたかもしれない作品は、何故完成しなかったのか?

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Tales From Development Hell: New Updated Edition (English Edition)

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