童貞と男の娘②

 動物園前駅から梅田駅に着くころには、ちょうどホテルのチェックインの時間が近づいていた。ホテルは阪急梅田から徒歩10分程度のビジネスホテルを予約していた。ここならエメラルドにも歩いていける。部屋は、ベッドがスペースの半分を占拠しているような狭さだったが、一泊するぶんには問題なさそうだった。俺はシャワーを浴び、汗臭くなった服を着替え、荷物はほとんど部屋に置いて、阪急三番街にある古書街に向かった。予約した八時までは、まだ一時間ほど時間があった。

 大坂に住んでいる友人は、「大阪は東京に比べると規模が小さい」と言っていて、東京のように都会が分散しておらず、栄えている場所はほとんどが梅田周辺ということらしい。本好きの立場からすると、大阪に神保町のような場所がないというのは割と驚きで、古書街と言えるのは阪急三番街にあるそれが唯一のものらしいが、実際行ってみると、全然たいしたことはなかった。

 古書街を適当にぶらついた後、地図アプリを見ながら、15分ぐらいかけて、エメラルドの前まで寄った。大きな道路に沿ってひたすら南下するだけの道のりだったが、夜の街の湿った風と光は、自我が消えゆくロウソクの炎の如くゆらめくような感覚をもたらし、心地よかった。

 アプリだと、目的地であるエメラルドに赤い印がついていて、自分のいる場所を示す青いアイコンが少しずつそこに向かって動いていく様子が、レーダー画面とそれに映るミサイルを想起させた。前日にグーグルマップでその付近の様子を調べていたから、到着しても驚きのようなものはなく、答え合わせをしているような感じになった。

 地図で見ると碁盤目状になっているこの地域は、飲み屋、風俗店、案内所、ラブホテル、駐車場などが地雷のように散らばり、猥雑とした雰囲気と油っぽい空気で満ち満ちていた。そうした小さい欲望の集合体といったところが、なんとなく池袋のロサ周辺を想起させた。しかし、金曜の夜というのに、人はまばらだった。「ただいまジョニーが見回りをしています。冗談です! こちら高橋です」というつまらない冗談が、路上に駐車してあった民間のパトロール・カーのスピーカーから流れてきて、自分はいま大阪にいるんだなぁ、と感じさせた。

 予約の時間にはまだ早すぎると思い、エメラルドの面している小汚い路地からから少し外れたところにあった寺の前で、周囲に明かりがほとんどない中、スマホをいじって時間を潰した。本当に風俗に行くのだという熱狂と背徳感、その両方の気持ちを抱きながら、Twitterのタイムラインを眺めていると、「この人たちは俺が今から風俗に行くこと知らないんだよなぁ」ということに気付いた。これまで自分は特に秘密にしておくような事柄をほとんど持っていなかったが、初めて共有をためらうような出来事が今ここで起こっていることに、変な感動を覚えた。

 8時10分前に、店の入っているビルのエレベーターに乗り、9階のボタンを押した。ビルは風俗店と案内所の間にあり、一階は激安のホテルで、全体的にみすぼらしく、大きな地震が起きれば一瞬で粉になりそうだった。エレベーターを降りると、すぐ右側に重厚な金属製のドアがあり、左側にはむき出しの非常階段があった。恐る恐るインターフォンを押すと、「いらっしゃいませ。予約しているお客さまですか?」と男の声で聞かれた。

「8時に予約した範多康成です」

 メールで予約した時に使った、親戚の苗字と川端康成の名前を組み合わせた偽名を名乗った。これなら忘れないと思ったからだ。

「少々お待ちください」

 コンクリートの古びた狭く寒々しいエレベーターホールには、洗濯物が入っていると思われる大きな青い袋が置いてあった。それから、壁には、監視カメラとセコムのステッカー。あまりの無機質さに、このドアの向こうで何人もの男たちが倒錯的なセックスをしているとは誰も想像できないだろう。

 気温と湿度が猛烈に高いせいで、立っているだけでも汗がじっとりとにじみ出た。店員は5分経っても出てくる気配がない。俺は段々、「一体どうなってるんだろう」と心配になってきた。谷崎潤一郎に「秦淮の夜」という、南京に旅行した時のことを描いた小説風の紀行文があって、谷崎は現地の案内人に頼んで妓館巡りをするのだが、人気のない見知らぬ土地を彷徨っているうちに、不安が増大し、女を買う気が失せていくという話で(最終的には素人を買うのだけれど)、今の俺もそんな気分になっていた。

 それから三分経って、ようやくホストみたいな恰好をした金髪の男が出て来た。

「お待たせしました。こちらにどうぞ」

 中に入ると、スリッパに履き替えるように言われた。1.5人分しか幅のない廊下には、どこかの個室に繋がるドアがいくつもあったが、誰とも出会わなかった。俺は一番奥の部屋に通された。そこには、茶色のシーツがかけられた薄い蒲団の他に、なぜか囲炉裏付きの小さなテーブルと座布団が置いてあって、灰の中には煙管が刺さっている。奥には「感謝」と書かれた安っぽい掛け軸がかかっているし、床も畳で、全体的に「床の間」風の造りとなっているようだ。

 なんだこの部屋はと訝しんでいたところ、そういえばホームページに「花魁コース」っていうのがあったなと不意に思い出した。普通のコースを頼んだはずなんだけど別料金かかったりしないよなぁ、念のため金は余分に持ってきてはいるけど、とか内心そわそわしていると、身体にバスタオルを巻いた娘が、出入口横のシャワールームに繋がっているドアからいきなり出てきた。

「あ、ごめんなさい!」

 どうやら、シャワールームが隣の部屋と共同らしく、出る部屋を間違えたようだ。俺は胡坐をかきながらテーブルにもたれ、煙管で灰を混ぜたりしながら、指名した娘を待った。そして、8時を少し過ぎた頃、ドアをノックする音が聞こえ、「どうぞ」と言うと、

「こんばんは」

 と言って、白い花柄のワンピースを着た、異国的な顔立ちの男の娘が入ってきた。花月だった。彼女はクロックスを履き、手には小さなバッグを持っていた。軽くパーマをかけた茶髪は、二の腕の辺りまで伸び、女らしさを演出していた。背が高くすらっとしているのも印象的だった。サイトの写真は修正されているから、顔の表面がのっぺりしていたのだが、実物は当然もう少し凹凸があって、その人間らしさが加工された写真よりもはるかに肉感的だった。それと、体つきが、男だからなのか痩せているからなのか、あまり丸みを帯びていず、全体的にゴツゴツと尖っているようだった。しかし、特に気になるというほどではなく、むしろ、俺の目には「女」にしか見えなかった。声も、わざとらしさを感じさせない、普通の「女らしい」発声で、そこが一番驚きだったかもしれない。正直、男にしか見えない「男の娘」が来たらどうしようと思っていたので、その点はまったくの杞憂だった。

 俺は何を喋ってよいのかわからず、黙って俯いていると、花月が「フフッ」と笑った。俺も「ハハッ」と笑い返した。まるで言葉の通じない外国人同士みたいだ。俺はどういう風に会話すればいいのか見当もつかなかった。まあ、そういうことに長けているのだったら、とっくに童貞は卒業しているはずだが。

「あの、先にお金もらうシステムなんで、いいですか?」

 俺はリュックから財布を取り出し、二万渡した。彼女はそれを受け取ると、また出て行き、五分ぐらいしてから、釣りの五千円を持って戻ってきた。特別料金が発生していないことに安心した。それから、クーポンをくれたが、「もう来ないんだけどな」と思いつつ、黙って受け取った。

「じゃあ、シャワー浴びる?」

 と言われ、「うん」と答えた俺は、ぎこちなく服を脱いだ。チラッと横を見ると、彼女もパンツを脱いでいるところだった。勿論、そこにはペニスがあった。

 心配だったのが、眼鏡を外さなければいけないことで、裸眼だと俺は視力が0.1以下だから、ほとんど何も見えなくなってしまうのだ。みうらじゅんも視力の弱い人間が裸眼でセックスをすることの困難さを度々語っていたが、そうすると童貞の俺はなおさら酷いことになりそうだった。

 シャワールームは満員電車かというぐらい狭かった。多分密着できるよう敢えてそういう風にしているのかもしれない。結構大きいとは思っていたが、こうやって並ぶと、彼女は174㎝の俺より若干大きかった。プロフィールでは、170㎝だったはずだが……。

花月はシャワーを手に取ると、お湯の温度を手で確かめてから、俺のペニスをやさしく洗い始めた。いや、正確には洗っているというよりかは、やさしく撫でているという感じで、俺は即勃起した。それから、やさしく背中を洗ってもらっていると、

「気になるところありますか?」

 と聞かれ、「あ、大丈夫です」と返した時、「なんか美容院にいる時みたいだな」と思った。会話がどうしても業務的になってしまうのだ。その責任のほとんどは、打ち解けられない俺にあるのだが。

 顔から下を洗い終わった後は、青い半透明のイソジンみたいな液体でうがいをし、先に蒲団で待った。彼女はやって来ると、

「部屋、暗くする?」

「じゃあ、お願い」

 部屋の中が薄暗くなり、ぼやけていた景色が、モノクロになった。

「じゃあ、どうします?」

「ああ、あの、じゃあ、キスから」

 蒲団に座ったままの状態からキスをし、ゆっくりと彼女を押し倒して抱き合ったままキスを続けた。ナメクジのように太く湿った舌を互いにくちゃくちゃ絡ませ合っていると、時折彼女が俺のそれを軽く吸い、スープを啜った時のような音が出た。俺も吸ってみようかと思ったが、いまいちタイミングがつかめず出来なかった。その代わりに、前にAVで見て以来、ずっとエロいなぁと思っていた、「キスの流れで相手の下唇を軽く噛む」というのをやってみた。彼女の唇は寒天のように弾力があって、噛み心地は最高だった。

 しばらくして、彼女が上になり俺が下になった。そして、俺の乳首を舐め始めた。電撃が頭に走った。かなり気持ちよかった。乳首が性感帯だというのはよく聞いていたが、これまで確かめようがなかったので、半信半疑だった。だから、自分がそれで感じるのだということを知ったのは、ある意味新大陸発見だった。前日に、乳首周辺の毛を剃っておいて良かった。

 彼女は段々下の方に降りていって、最後に俺のペニスを咥えた。勃起していた俺は、「ここで射精したらもったいない」と思って、にわかに下半身を緊張させた。ペニスは縮小こそしなかったものの、固さが失われた。そのうち彼女はまた戻って来て、俺に覆いかぶさった。見た目こそ、アバラがやや浮いているぐらい痩せているのに、こうして思いっ切り乗っかられると、結構な重みを感じた。身体が「男」だからこんなに重いのかなとも考えたが、女とセックスしたことのない俺には、比較する術がなかった。他のこと、例えば唇や肌の柔らかさにしてもそうだが。

 上下を交代する際、なるべく体重をかけないよう、両肘を蒲団につけてから、彼女の上になった。そして、閉じていた腋に、鍵をあける感覚で舌をスッと差し込んだ。女の身体の部位で、俺が一番好きなのは、「腋」だった(一番人気であろう「胸」にはほとんど関心がない)。やっかいなことに、「腋」というのは、見るだけでは欲望を充分に満足させることができない性的個所である。嗅覚・味覚・視覚・触覚といった、聴覚以外の四感をフル動員してこそ、その感動を真に味わうことができると言えよう。だから、それがようやく叶うと思うと嬉しかった。彼女の腋は、制汗剤がかかっていたのか、かなり苦く、山椒を噛んだ時の如く舌がピリッと痺れた。それでも、舐めようとすると、

「え、恥ずかしい」と言われ、しぶしぶ諦めた。次に、彼女の耳たぶでも噛むかと思って(これもAVで見た性戯だ)、そこに顔を近づけると、髪からほのかにタバコの匂いがした。そして、耳たぶを軽く噛むと、また「恥ずかしい」と言われたので、いたずらを見つけられた子供のように慌てて顔を離した。

 経験の少ない俺は彼女の真似をして、乳首を丹念に舐め、それから芋虫のようなペニスを咥えてみた。ペニスは無味無臭で、「こんなものか」という淡白な感想しか出てこなかった。俺は、歯を立てないようにフェラチオの真似事をしてみたが、彼女のペニスは、縮みこそしなかったが、大きくもならず、空気が抜けたようにぐんにゃりとしていた。彼女は、俺が愛撫している間、喘ぎ声を出していたが、それが盛り上げるための演技であることは、このペンニスが証明していた。

 フェラチオを止め、また乳首を舐めると、自分の唾の臭いがして、思わず顔をそむけそうになった。小説や映画で様々なセックス描写を見てきたが、こういうことを描いた物はほとんどなかった気がする。

 69を試してみたいと思ったが、それをどういう風に伝えるか、悩んだ。というのも、性的な単語を口にするのが恥ずかしかったのだ。まるで良家育ちの処女みたいだが、自分の口からそういう生々しい言葉を発するのは、何かこう、持っている人格とかけ離れているような感じがした。それでも、欲望には抗えず、

「お互いに、ちんこを咥えてみない?」と提案した。ちなみに、「ちんこ」というか「ちんぽ」というか「ペニス」というかでも悩んだ。「69」とは言おうと思っても言えなかった。

「いいよ」

 俺が上になり彼女が下だった。しかし、どうやってもぴったしくる体勢にならず、ジグソーパズルで間違ったピース同士を無理やりはめ込もうとしているかのように、噛みあわなかった。俺は彼女のペニスを口に含めるのだが、彼女の方が俺のそれを中々口に入れられなかった。

「ちょっと、横にしよ」と彼女が言い、結局、サイズの異なる勾玉を強引に組み合わせたような形で、69をした。もうかれこれ三十分以上こんがらがった紐ののように絡み合っているが、俺のペニスは、あの射精を無理やり我慢した時をピークに、枯れていく一方だった。以前、多分中原昌也だったと思うけど、誰かとの対談でセックスの話になり、「セックスは相手の身体を使ったオナニーでしかない」みたいなことを言っていて、その時はそんなものなのかなと流したが、実際自分が初めてセックスをしてみると、相手に気を遣うので精一杯になり、自分勝手にできるオナニーとはまるで勝手が違うということがわかった。快楽の度合いで言えば、オナニーの方が高いように思えた。そもそも彼女と一緒に蒲団に入って以降、常に行為を俯瞰で見てしまっていて、没入感がまったくなかった。「キスをしている俺」、「乳首を舐めている俺」、「ペニスを咥えている俺」、「フェラチオされている俺」という風に、必ず脳内でそれらの行動が、別視点から浮かび上がり、天井裏から性行為を覗いているような、屋根裏の散歩者的気分だった。何年か前に読んだ、メアリー・マッカーシーの『グループ』という小説の中で、処女喪失を目前にした女が、「さまざまな薄気味の悪い的はずれの考え」、例えばヨーロッパの穀物乙女について考え始めるシーンがあったが、それに似た感覚を追体験しているように思えた。

 戦隊シリーズのコスプレが好きだったり、AVを鑑賞する時は女の方に感情を移入していたりするなどの特殊な性癖を持っているから存分に興奮できないのかとも思案したが、元々これまでの人生で我を忘れるという経験をしたことがほとんどなかったような気がする。それに、人見知りをする自分では、初めての相手だと、緊張を解くことができず、性的な方向へ気持ちが向かわないのかもしれない。あと、ペッティング一辺倒の単調なやり方も、ペニスを萎れさせた原因の一つとなり得ただろう。

 彼女の方も、萎えている俺のペニスに焦ったのか、自らイラマチオに近いフェラチオをした。俺も何とか射精しようと、「自分は女である」という妄想を膨らませてみたが、性的な感情からは乖離する一方だった。次に、彼女は俺の乳首を舐めながら手コキした。これは少し効果があった。ただ、力を入れないと俺が感じないと思ったのか、段々ペニスをぎゅっと握りつぶすような強さで擦り始めたので、亀頭の周りが痛くなった。そこで、俺が自分で自分のペニスをしごくことにした。その間、彼女は俺の身体を舐めたり、キスをしてきたりした。徐々に、これはセックスなんだろうかという疑問が頭に浮かび始めた。これじゃあオナニーと変わらないんじゃないかという思いにとりつかれた。さすがに、二十八歳にもなって、セックスに対し過度な期待は抱いていなかったが、想像以上に味気ない感じで、人生の欠落感を埋める行為にはなり得なかった。むしろ、欠落が広がったような気もするが、その方が諦めもつくのかもしれない。

「あ、そろそろ出るかもしれない」

 と俺は報告した。そして、射精した。たいして気持ちよくもなかった。中途半端な性欲によって、義務的にオナニーをすることが、男にはよくあるが、その時に味わう徒労感に近かった。彼女は枕元からティッシュを持ってきて、腹に出た精液を拭いた。暗かったからどの程度の量出たのか、よくわからなかった。

「ごめんね、うまくできなくて」

「いや、俺も緊張してたから」

 時間はまだ十分ぐらい残っていたので、どちらから言うのでもなく、極自然に横になって抱き合う流れになった。俺は初めて彼女を強く抱きしめた。彼女の体温が直に伝わって来て、リラックスできた。セックスは、快楽よりも、こういう「安心感」を求めてやるものではないかとふと思った。

「ここって、変わった部屋じゃない?」と入室した時から保持していた疑問をぶつけてみた。

「ああ、花魁コースの部屋なんだよね。他の部屋が全部埋まってて」

 会話の突破口が出来たので、

「俺、旅行で大阪に来てるんだよ」と言ってみた。

「へえ、そうなんだぁ。東京から?」

「うん。普段は、新宿で働いてる。新宿にも、この店あるんだよね?」

「うん。行ったことある?」

「いや、風俗自体今日が初めてだったから」

「へえ。あ、何か飲む?」

「何があるの?」

「お茶か、ジュースか」

「じゃあ、お茶で」

 彼女が飲み物を取りに行っている間に眼鏡をかけた。世界が輪郭を取り戻した。

 俺は小型の冷蔵庫に入っていた缶のお茶を渡され飲んだ。

「あたしも、前は大阪じゃなくて千葉に住んでた」

「あ、そうなんだ」

「たこ焼きとか食べた?」

「いや、まだ」

「じゃあ、食べてってよ」

「ん、そうする」

 シャワーを浴び、服を着ると、彼女が「誰もいないか確認してくるね」と言って、廊下に出た。客同士が鉢合わせするのを防ぐためのようだ。

「大丈夫だった」

 俺は彼女の後ろについて、廊下を進んだ。どこかの部屋から豚のような呻き声が聞こえてきて、尻を掘られている客がいるのかなと想像した。

 玄関には監視カメラのモニターが取り付けられていて、外の様子が窺えるようになっていた。これで見られてたのか、と俺は気付いた。今、外には誰もいなかった。俺は靴を履いて、「じゃあ、さよなら」と言い、あっさり彼女と別れた。

 友人に用事が終わったとラインし、JR梅田駅に向かい、どこかのバスターミナル周辺で待ち合せした。そういえば、大阪に来るまで、梅田駅と大阪駅が近いことも知らなかった。今も、自分がどこにいるのかよくわからなかったので、視界に入るものを伝えると、十分もしないうちに友人が現れた。普段からよく梅田周辺を開拓しているので、迷うことはほとんどないという。

 友人の選んだ飲み屋の向かっている途中、「用事」のことを聞かれたらどうしようかと懸念したが、特に何も言われなかった。最も、一番気になったのは、自分の息からほんのりイソジンの匂いがすることで、これによって風俗に行っていたことが見透かされているのではないかと心配になったが、気付いているのか気付いていないのかわからないまま店に行き、二時間近く飲んで、解散した。

 

 ホテルに戻ったのは、十二時前で、テレビで野球のニュースを見てからベッドに入った。疲れていたせいかすぐに眠れたが、悪夢を見て跳ね起きた。それは、小学校時代の同級生に風俗に行ったことを糾弾される夢だった。俺は教室の真ん中に置かれた机に座っていて、その周囲を彼らがぐるっと囲み、俺のことをきつく詰っていた。

 時計を確認すると朝の七時で、待ち合せの時間まで未だ二時間以上あったから、もう一度寝たら、また同じ状況の夢を見た。今度はなぜか、彼らの目の前で裸の女のプラモデルを組み立てさせられていた。「これで女を勉強しろ」と誰かに囃し立てられたところで、目が覚めた。

 なぜ、十年以上も会っていない小学校の同級生が夢に出てくるのか。これまでも、中・高・大が舞台の夢はほとんど見たことがなかった気がする。恐らく、嫌な記憶が一番多いのが、小学校時代で、それが夢にも影響しているのだろう。

 しかし、風俗に行った次の日の朝にそんな夢を見るなんて、俺の罪悪感はどれほど強いのか、と我ながら呆れた。根本的に風俗と合わない人間なんだとベッドに寝っ転がりながら考えた。

 

童貞と男の娘③